高校の時には、もう自分がゲイだという自覚はあったように思う。
 小学生の頃から、女の子には全く興味がなかった。女の子ではなく、同性であるはずの男の子ばかりに、そういう視線を走らせていた。
 高校卒業まで、何人か気になる人はいたが、いじめられることを恐れて、その人達に告白することはなく、学校でゲイであることをカミングアウトすることもしなかった。
 唯一、二つ下の妹には言った。妹はいわゆる「腐女子」だった。腐女子が三次元のゲイにも好意的であるとは限らないとは聞いていたが、それを知った上でカミングアウトしたところ、「薄々そうじゃないかと思っていた」と言われた。感づかれていたのは非常に恥ずかしかったが、受け入れてくれたし、妹もバイセクシャルであることを俺に告白した。

 そんな俺は、子供の頃から、慢性的な呼吸器の病気があった。一応、日常生活は送れるし、仕事もしているが、よくなったり悪くなったりを繰り返し、大人になった今でも、時々発作が起きる。病院に担ぎ込まれることも、数年に一度はある。なので、家でも外でも、一人になることはできない。
 今年は正月明けにインフルエンザに罹ってしまった。その最中は大丈夫だったのだが、それが治って、会社に行こうと朝の支度をしていたところ、発作が起きてしまった。
 俺はひどい発作の時の記憶がない。今回もそれで、同居している妹は救急車を呼んだらしい。気がつくと、いつものICUのベッドに横たわっていた。
――またか。
 俺はもう、その空間の空気に慣れてしまっていた。仕事を休んだという妹と共に、主治医から状態を聞いた。あまりよくないらしい、しばらく入院することになった。
 夕方頃、一応少し落ち着いたので、一般病棟に移された。妹は道具を取りに一旦家に帰った。
 通された四人部屋は、手前側の二床は空だった。窓側の二床のうち、左側はカーテンが閉まっていて、楽しそうな笑い声が聞こえてきていた。見舞いでも来ているのだろう。俺のベッドはその向かいだった。
 夕食は食欲がなくて、あまり食べられなかった。向かいにはまだ見舞いがいるらしい、小学生ぐらいの女の子が出たり入ったりしていた。
 面会時間の終了ぎりぎりになって、妹がいつものものを持ってきてくれた。着替えと、歯磨きの道具一式と、俺のリクエストした本が数冊。俺は入院中、テレビを見るよりも、本を読むことの方が好きだった。
「じゃあ、明日の帰りに寄るから」
「すまんな」
「いいっての」
 妹は、俺の所のカーテンを閉めて帰っていった。向かいからも「じゃあね」だの、「バイバイ」だの、別れの挨拶が聞こえる。やっと帰っていくらしい。
 その声が部屋の外に出て行った後、俺は尿意を覚えた。ゆっくりでなら、歩くことは許可されているし、実際歩けそうだった。スリッパを履いて、ゆっくり立ち上がって、右手に繋がれた点滴を転がしつつカーテンを開けると、向かいに同じく点滴を引っ張っている誰かがいた。
「あ」
「えっと……新入り?」
 身長が一六〇センチ台前半の俺が、少し見上げる必要がある程度の長身だった。一八〇センチは超えているであろう。細身の身体に、ぱっつんの前髪、整った童顔気味のやや白い顔。纏うのは、のんびりとした感じの空気。見た目は俺のタイプ、ドストライクだった。
「ああ、そうだが……向かいの、人ですか?」
 だが、その感情は一旦押し殺す。初対面で、変な印象を与えてはいけない。
「そう、僕はここにいる人。名前は青井澪(みお)。女の子みたいな名前だけど、立派な男だよ。年は三十五。もし年が近かったら、君との敬語は省きたいんだけど」
 二十代かと思ったが、そうではなかった。名前も、その顔や雰囲気と見事に釣り合いが取れている。そしてこの年にしては珍しく、一人称は「僕」。俺はこの男に、ますます興味を持った。先ほどまでの様子からして、妻子持ちではあるようだが……。
「俺は川崎翔(かける)だ。お前と同い年だ、ため口でいい」
「そうかい、それならよかった。僕のことは『みっちゃん』でいいよ」
「……男なのにちゃん付けでいいのか?」
「僕が気に入ってるから構わないよ。君は『翔』でいいの」
「好きにしてくれ。それでもいい」
 どこか変わっている男だと感じた。しかし、会話のキャッチボールはきちんとできている。そういう関係にならなくとも、話し相手としては面白そうだ。
「それで、君はどこかに行こうとでもしてたの」
「トイレだ。お前は」
「奇遇だね、同じだよ」


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