17


――外、寒くなりすぎないうちに回るか。
 妹達は、ゲームセンターに行くらしい。俺は、車内での会話を思い出して、あの鐘を二人で鳴らしたいと思った。
 照れくさい、とは思う。実際、妹にその話題を振られたとき、隣のこいつをすぐに意識してしまったのだ。
 しかし、次、いつ、このようなところに来れるか、そもそも会えるかどうかすら分からない。それなら、勇気を出さなければ、素直にならなければ、と。
「本気かい?」
「本気だ。今やらないでどうするんだ」
 外に出ると、青系統のマフラーや手袋で防寒対策をしているとはいえ、冬の風が容赦なく俺達に吹き付ける。それをもろに受けて咳き込んだあいつに、腰につけたポーチにいつも入れているマスクを出して渡した。
「用意がいいね」
「俺はねえと困るんだよ。冷たい風は大敵だ」
 俺もそれを付けた。寒い中でも、男女の二人が鐘を鳴らして、五、六人が鐘の前に並んでいる。恋人同士らしき男女だったり、女性の集団だったり。男でまとまってるグループはいない。それに気付いて、不安が過(よ)ぎる。
――他の人に、変な目で見られたりしないだろうか。
「……別に大丈夫じゃないの?」
「は?」
 それは、その不安に対する答えか? しかし、なぜ、そう思ったことが。
「今、『男同士でも大丈夫かな』って思ってたでしょ」
 そうやって、耳元で囁きかけられる。マスクをしていて、息はかからないはずだが、なぜかくすぐったいと思っていると、右腕で抱き寄せられた。そして、うまく抱え込まれて、それでも、抵抗しようという気持ちが起こらない自分がいる。
「エスパーかよ、お前」
「さあね。でも、僕達だったら、男女のカップルだと勘違いしてくれるかもよ? 身長差あるし、君は美形で可愛いし」
「可愛いは余計だ」
「全然余計では無いと思うけどね……」
 密着していると、暖かい。その温もりから離れるのが、惜しくなる。
――エスコートが上手いヤツ。
 そんな俺達は、周りからどんな風に見られているだろうか。
『カーン、カーン、カーン……』
 前にいた、女三人組が進み出て、三人で紐を引っ張って鐘を鳴らし、鐘のある台から降りて、自撮り棒の先に付けた携帯電話を手元で操作して、写真を撮る。
「で、俺達はどうするんだよ」
「成り行きに任せたら? 後ろ、誰もいないし」
 三人組が去る。振り返ると、デッキを歩いている人はいるものの、並んでいる人はいなかった。
 少し先に歩きだしたあいつに追いついて、少し乱暴に、その手首を掴んだ。
「何さ」
「……悪いかよ」
「いや?」
 台の上に登って、俺がその紐を持った。その両手は、あいつの、俺より一回り大きい両の手に包み込まれる。心臓が、微かに跳ねる。
――くそ、本当にさりげないな、こいつ。
 目が合う。そして、鐘を見上げて、同時に紐を引いた。
『カーン、カーン、カーン……』
 鐘の音(ね)がこだまする。澪の手が離れて、俺も紐から手を離すと、意識の外に置かれていた波の音が再び聞こえてくる。鐘のある台を降りた。
「で、どうするの?」
「面白いものがあるぞ」
 ここには実際に、トンネルを掘ったときに使ったマシンの模型の一部が展示されている。それも見せたかった。
 付いてこい、という意味で、左手を伸ばすと、俺がさっきしたように、澪は俺の手首を掴んできた。と思ったら、逆に引っ張られていく。
「おい、何するんだ」
 と言ってみるも、その歩を緩めない。何か意図があるのか、俺も逆らいはしない。辿り着いたのは、鐘のあるデッキの端。
「……何のつもりだ」
「キスしたくなった、と言えば? 本当は、鐘の前で襲おうかと思ったんだけど、中から見えそうだったし」
「……好きにしろ」
 了解も拒絶もしない。そんな態度を取りつつも、本当はしてほしかった。二人きり、デートみたいなものなのだ、いやデートだ、何度でも、触れたい、触れられたいという気持ちはある。でもまだ、俺は変なところで、へそ曲がりが出てしまうらしい。
「じゃあ、了解と取るから」
 だが、その態度の、本当の意味するところを、こいつはあっさりと見抜く。それに任せているところもあるかもしれない。
 俺のマスクを下げて、自分のそれも下げる。腕が腰に回されると、俺もそれに応じる。唇に当たる、柔らかいそれ。一瞬では離れず、お互いのそれを味わうように。
 舌は入れなくとも、昨日の情事を思い出して、腰の奥が疼(うず)く。それ以上はだめだ、と、澪の背中を叩こうとしたところで、唇が離れた。そして、あいつは指で、俺の唇を横になぞる。それでまた、腰に向かって、背中にしびれが走るあたり、俺はこいつにかなりやられているらしい。
「……色っぽい顔。キス一つで」
「うるせえよ」
「はいはい」
 きっと赤くなっているであろう頬を、マスクで隠す。いつの間にか、マスクを付ける理由がすり替わっていた。
 一旦中に入って、上の階に上がる。ここはフードコートになっているが、展望デッキもあり、撮影用のイルカのオブジェや、魚や亀を模したオブジェ兼ベンチがある。親子連れが、イルカの前で写真を撮っていた。彼らが撮影を終えた後、澪がオブジェだけを、携帯電話のカメラで撮った。その間に、俺は手袋をしていても冷える手を、カイロで温める。
「僕達も写真、撮る?」
「俺は撮られるのは嫌いだぞ」
「奇遇だね、僕も好きじゃない」
 そのデッキの一方向に、下に降りられる階段がある。階段の先に、目指しているそれはあるが、デッキで撮影に勤しんでいる人数と比べると、人影はまばらだ。
「人、少ないね。この先に、何かあるの?」
「何かがあるから向かってるんだ」


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