16


 トンネルに入る。東京湾アクアライン、海底トンネルを抜けた先に、それはあるらしい。
 入ってしばらくしてから、誠次を起こせ、と翔に言われたので、彼と無言で繋いでいた手を離して、後ろから肩を叩いた。
「んー……もう着く?」
「あと五分」
「おー……」
 ふわあっ、と大きな欠伸(あくび)。仕事明けすぐだけど、この人は大丈夫だろうか。聞こうと思ったけれど、もうすぐ近くまで来ている、野暮だと思ってやめた。
 まもなく、視界が明るくなった。ここか。
「よし、着いたぞ。駐(と)めるところ探すから、ちょっと待ってろ」
 彼女は運転も駐車も上手いようで、見つけたスペースに、綺麗に赤いミニバンを駐めた。
開けていた上着のファスナーを、上まできっちり上げて、青いマフラーもきちんと巻いて、ドアを開けた。
「うわ、さっむ!」
「誠次、カイロあるよ」
「ちょうだい! めっちゃ欲しい!」
 車の前側を挟んで二人、真緒は誠次に、カイロを投げつけた。誠次はそれを、両手でしっかりと捕まえる。
「ナイスキャッチ」
 僕が二、三回拍手をすると、どや顔をされた。
「元野球部だからな、これぐらい、余裕でキャッチできねえと」
 僕より少し背の低いその人は、高校まで野球をしていて、ショートを守っていたらしい。今でも、草野球に時々呼ばれる、とも。
「澪ちゃん、キミの分もあるけど」
 車の前で、四人が揃う。真緒が、翔にカイロを渡していた。
「ちょうだい」
 僕も頂いて、貼らないタイプのそれの封を切って、外袋を彼女に返した。
「で、どうするんだ? 四人で回るのか? それとも、二手に別れるか?」
 カイロをくしゃくしゃとしながら、僕から一番離れたところにいる翔が聞く。確かに、ダブルデートとは言っていたけど、それぞれの時間も楽しみたいし。
「あ、そうだね、ずっと四人でいるのもね……最初だけ四人で、後でそれぞれに分かれない?」
 真緒がそう言う。
「いいんじゃね?」
 誠次以下、反対はなかった。最初、コーヒーの一杯だけ飲むことにして、それからはカップルごとに自由行動、ということになった。

 三階までが駐車場らしい。四階に上がると、そこはフードコート形式のようだった。真緒が席を確保し、誠次が僕の分まで払ってくれるらしい。ここは甘えることにした。
 翔は超のつく甘党で、コーヒーは飲めないらしい。新発売だという、甘ったるそうなキャラメル味のドリンクを選んだ。僕もそれにする。
「いや、わざわざ揃えなくていいからな?」
「そういう気分なの。僕も甘党だからね」
 妹夫婦は、二人とも普通のホットコーヒーを頼んでいた。誠次は、昼ご飯では足りなかったらしい、おやつが食べたいと言って、たこ焼きならぬ「あさり焼」を買いに行った。
「コーヒーに粉ものって……」
 海の見える席に。僕が真緒に聞くと、よくあるよくある、と返ってきた。
「ああいうやつだから。二人も食べる?」
「一つだけな」
「見てから決めるよ」
 まもなく、さっきまでの眠そうな顔とは一転、上機嫌で鼻歌を歌いながら、あさり焼を手にした彼が戻ってくる。
「ほーい、スイーツお待たせしましたー」
「だから甘くねえものは」
「別にいいじゃん。固いこと言うなよ」
 出来たてらしい、ほかほかと立ちのぼる湯気。僕は身長の割には少食だし、昼も腹八分目まで食べたけれど、外が寒かったせいか、あるいはそのいい薫りのせいか、興味をそそられた。
「どうするか?」
「一つ試してみるよ」
 猫舌だから後で、と付け加えると、熱いまま食べたい二人が、先に食べるらしい。
 海を見ながら、キャラメルソースのかけられた生クリームを、ストローの先に付いているスプーンで掬(すく)って食べる。
 海はどうしても、夏の観光場所、というイメージが強いけれど、すっきりしない曇り空の下、夏とは違った顔を見せる海を眺めて飲み食いするのも、それはそれでいいなと思った。
「海自体、何年ぶりだろう」
「来ないのか」
「お台場に子供を連れてきて以来だね。もう三年は来てなかったかな……」
 冬でも、日曜だからか、それなりに人出はある。夏の休日だと、人数や渋滞が恐ろしいらしいけれど、人の多いところはあまり好きでは無いので、これでちょうどいい。生クリームの下の、キャラメルドリンクをすすった。甘い。
「でも、なんでこんなところに来ようと思ったのさ。冬なのに」
 別に、花より団子の妹夫婦とは違って、黙って海を見ているのでもよかったけれど、なんとなく、翔に話しかけてみる。
「冬だから、だ。さっきも言っただろ、夏は人が多すぎて窮屈だ。冬に海、なんて、普通の人はしたがらないようなことを、俺達はやる。三人とも、そういうやつらだ」
 なるほど、あえてシーズン外に来て、ゆっくりするというつもりか。
「あ、二人もどうぞ」
 真緒から、あさり焼が二つ、回ってきた。ご丁寧に、爪楊枝がそれぞれに一本ずつ刺さっている。
「ん、一つやる」
「はいよ」
 もう湯気は立っていないそれは、僕にとっては適温だった。あさりをたこ焼きのたこの代わりに入れたそれは、思っていたより美味だった。もう一つ、食べてもよかったかな。
 それぞれの飲み物をだいたい飲み干すと、そろそろ午後三時。各自、夕食を食べて、八時十五分までに車に集合することにして、二手に分かれた。


[ 16/61 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -