久しぶりに感じた、脳天まで突き抜けるような快感。だけど同時に、喉の奥からこみ上げる咳。俺を無理やり抱き寄せていたバカの腕から脱出して、顔をベッドに埋(うず)めて、その苦しさをはき出す。
 頭上からも、くぐもった咳が聞こえる。あいつは多分、枕でその声量を殺しているんだろう。
 俺は、右腕の点滴が無事であることを確認してから起き上がった。
「お前、バカか……バカかよお前」
「やだなあ、僕はアリジゴクだよ。落ちた君が悪い。僕の性癖にベストマッチした上に、自ら落ちてくるなんてさ。あるいは、イエネコの皮を被ったオオカミ、と言ってもいい」
「……んだよそれ」
 澪の腹の上には、二人分の精液が零れている。いや、これは本当に二人分の量か? 澪は横たわったまま手を伸ばして、引き出しの上のちり髪を取って、それを拭き取り始める。
「うわ、すごい量だよこれ。君、溜まってたんじゃない?」
「……お前、人のこと言えるのか?」
「……言えないね。家じゃなかなか抜けなくてね。最近はあの女ともレスだし」
「するにはするのか」
「そういうのが好きな女でね。君こそ、どうなの。してなかったんじゃないの」
 最後に抜いたのはいつだろうか。先月は忙しくて、そんな間はなかった……。
「一月以上はしてなかったかもしれねえな。つーか、何で急にんなことをするんだよ。しかも男との経験がないって言ってたのに、何で兜合わせなんか知ってるんだ」
 攻めていたのは俺のはずだ。なのに、どうして。しかも知識もあるじゃないか。本当に、何なんだ、こいつ。
 澪はそのちり紙を、別の新しいそれでくるんでからゴミ箱に投げると、やっと起き上がった。右手の人差し指を立てる。
「一つ、君が物欲しそうな目をしてたからだよ。多分、上になるより、下になる方が好みの人間じゃないかと判断したんだけど、違うかい?」
 目を覗き込まれて、ドキりとした。マジでエスパーだ。俺はそんなこと、一言も言っていないはずなんだが。やっぱり、受けは受けの目をしているものなのか。あるいは、『挿れられたい』と思っていたのが感づかれたか。
「……図星だ。よく分かったな」
「あいにく、人を見る目は嫌でも育ったからね」
「でも、お前もそうだろう。お前から横たわったじゃないか」
「……最初はね。抱かれたいって思ってたけど、君が僕の竿を見て顔色が変わった気がしたから、そっちでもいいかなって、気が変わったよ」
 あ、やっぱりそこだったか。しかし簡単に気が変わるやつなのか、本当に猫みたいだな。いや、オオカミか……。
「二つ、男としたことはないって言ったけど、やり方とか道具とか、そういう知識は持ってるよ。ゲイという自覚はあるから、彼女に隠れて、そういう情報を集めるぐらいはするし」
 ああ、こいつ、頭が良かったんだよな。こっそり情報収集はお手の物、か。
「で、君は僕を嫌いになったかい? いきなり僕に襲われるようなことをされて」
 俺は首を傾(かし)げながら言われたそれを、頭の中でもう一度繰り返した。
――俺はこんなバカな真似をするやつが、嫌いか? 嫌いになれるか?
「……なれるかよ、バカ」
 ああ、流されて、結局喘がされて、最後までイカされた俺もバカだ。


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