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              ◆


駅を出ると、目の前に宿屋があった。
「とりあえず行ってみるか」
一行はそこに入った。
出迎えてくれたのは、四十代ぐらいの女性だった。
「ようこそいらっしゃいました。四名様ですか」
「はい」
四人を代表してアロルドが答える。
「お部屋はどうなさいますか? シングルとツインがありますが」
女性の問いに、彼は後ろにいる三人を振り返る。
「ツインでいいよな? ベガとアルタ、俺とクラのペアで」
三人は頷いた。
「ツイン二つでお願いします」
「かしこまりました」
女性はコンピュータに情報を打ち込んでいく。
「夕食と朝食はどうなさいますか? こちらの宿ではバイキングをご用意していますが。夕食もすぐにお召し上がりになれますよ」
「どうする?」
今度は振り向かずに聞く。
「バイキング!!!」
三人の異なる声が、同じ言葉を紡いだ。
「……はいはい。なら、両方バイキングで」
「かしこまりました」
彼女は再びコンピュータに何かを打ち込むと、背後のロッカーから二つの鍵を取り出した。
「部屋は五階です。そちらのエレベーターをご利用下さい。またバイキングは七階、お風呂は地下一階となっております。ごゆっくりどうぞ」
彼女が何回も言いなれたらしい言葉を言いながら、礼をする。
「そうさせてもらうよ」
アロルドは鍵を取り、ベガに一つを渡した。


                   ◆


「本当に腹減った!」
荷物を置き終えた一行は、バイキング場に入った。
彼らを出迎えたのは、色とりどりの料理の数々。
その後は広い大浴場にも浸かり、時刻は午後九時。
彼らはアロルドらの部屋にいた。
「さて、明日の予定だが……あ」
「どうした?」
アロルドが口に手を当てたのを見て、アルタイルが聞く。
「ここの地図がねえ。俺この街初めてだからサッパリだ」
「その心配はないよ」
「!?」
そう言ったのは、クラウスだった。
「フロントにあった観光地図を取ってきた」
彼は細長いパンフレットを広げる。
「おお、これは分かりやすいな。助かるよ。……えーっと、今泊まっているのがここで、『Ark』があるらしいメトア山は……」
「ここだ」
ベガが地図の『メトア山』と書いてあるところを指差す。
そこにはこう書いてあった。
“竜が謎の箱を守っているという伝説の山。”
「『箱』は『Ark』のことか」
「その可能性が高いな」
アルタイルとベガの会話の後、四人は続きを読む。
“眺めは素晴らしいが、その箱を探しに入った冒険者が全員行方不明になっているため、入山は禁止されている。”
「……どうする?」
「強行突破だ。他にないだろ?」
「だな。アルタとクラもいいか?」
呼ばれた二人はうなずいた。
「じゃ、明日は九時にここを出る。それまで自由に休め。解散」


                   ◆


翌日。
九時ぴったりに、四人は宿屋のロビーに集まった。
そして、近くのバス停から、メトア山の近くまで行くというバスに乗る。
車内は通勤の客で一杯だった。
「何だこの人の数。アルモにもバスは走っているが、これ程の人が乗っていることはないぞ」
「そうだなあ。混んでいても結構余裕あったのに」
ベガとアルタイルが、身動きが取れずに言う。
「俺もここまでの人は予想してなかったな。クラ、お前の住んでいるところはどうだ? 混み具合は」
アロルドも手すりに何とかつかまり、同じような状態のクラウスに問いかける。
「俺の街は田舎だから、バスは余裕で座れる。けど、電車はこんな感じ。電車が一両だけって普通だから」
「一両!?」
彼以外の三人が驚く。
「いや、田舎だから人が少ないんだよ」
そんな会話をしている内に、一人、また一人と乗客が降りていき、バスに乗っているのは四人だけになった。
車窓から見える風景も、都会のビル群ではなく、山々に代わっていた。
「君達、旅人かね?」
不意に、バスの運転手が彼らに話しかけた。
「ええ。メトア山に向かおうと思って」
ここでもやはり、アロルドが代表して答える。
「メトア山? 止めておいた方がいいよ。あそこには不思議な力を持つ『箱』があって、それを竜が守っているんだ。その『箱』を狙って、君達のような旅人が何人も山に入ったけれど、誰も戻ってきていない。君達も『箱』を狙っているんだろ?」
「はい。そのためにここまで来ましたから」
「……本当に止めておいた方がいい。それとも、それ相応の装備や覚悟をしてきているのかね?」
運転手は不安そうな顔で言う。
「もちろんです。俺達は魔術師です。剣や銃器も使えます。そして、……覚悟もしています」
「……ならばよかろう。山を生きて出て来れることを祈るよ」
その言葉が終わると同時にバスは停まり、ドアが開く。
「私が案内出来るのはここまでだ。この先、十分程歩けば入山口がある。一応見張りはいるが、彼らは特に何もしない。ただ旅人が山の中へ消えていくのを見るだけの人達だ」
「……分かりました」
四人がバスを降りると、バスは少し先でUターンして、元来た道を戻っていった。

四人は運転手の言う通り、道を真っ直ぐ進んだ。
やがて、二人の見張りが立っているのが見えてきた。
「いよいよだな」
「この山に、『Ark』があるかもしれないのか」
「当たり外れはともかく、行ってみよう」
アロルドを除く三人が、緊張しながらも笑みを浮かべて話していた。
が、その会話は彼によって遮られた。
「待て。見張りから妙な気を感じる」
「!」
四人を取り巻く空気が一変した。
彼の言う通り、二人の見張りは異様な気を放っていた。
「確かにそうだな。もしかしたら見張りが竜なのかもしれない」
「これでは、命を落としてもおかしくないな」
ベガとアルタイルはそれぞれ、その手にリヴォルバーとライフルを構えた。
アロルドも剣を構える。
その様子を見て、クラウスは三人を見た。
彼らはうなずいた。

そして――フランベルジェを、鞘から抜いた。

刹那、山々に雄叫びが響いた。
そして、見張りの姿は――二匹の竜になった。

「ビンゴ」
アロルドが言うと、竜は彼らに近づいた。
「かかれ!」
ベガとアルタイルは弾丸を放ち、アロルドは一方の竜に斬りかかった。

――……行くぜ!
クラウスも、もう一方の竜にその刃を向けた。


     ◆ 


「Ark、か。探しに行きたいとは思っていたけれど、まさかお誘いがかかるとはね」
デルタ王国の次期国王――シーザ・デルタは、通話が切れた携帯電話を閉じて、部屋のベッドに寝転がった。
ここは、王国の中枢都市、カルナ。
その中心にある城の一室が、彼の部屋だ。
「しっかし、暇だなあ。三日後からは楽しくなるけど、それまでは学校、学校、学校、勉強、勉強、勉強。友達が出来ても俺の身分じゃ簡単に外に出してもらえねーし、ましてや一般の学生が城に入ることなんて出来ねーし、親は俺を次期国王にしようと教育熱心だし……」
そう、彼は上級学校(日本で言う高校)に通う貴族だった。
普通、貴族、と聞けば、優雅で贅沢な生活を思い浮かべるだろう。
実際、アロルドやクロード、ラルフはそのような生活をしている。
けれどシーザの貴族生活は――スパルタだった。
先ほどの彼の言葉通り、彼の親は彼を優秀な国王にしようと、そのための教育に躍起になっていた。
それらは、自由を好み、そして国王になる気が全くない彼にとっては地獄だった。
―― 一般庶民に生まれたかった。普通に生まれて、普通に育って、普通に自分の好きな職業に就きたかった。
――それが、俺の夢だった。決してそれが叶わないと知っていても。
ところが、そう思っていた時に、今回の電話が入ってきた。
――もしかしたら、Arkを使えば夢を叶えられるかもしれない。
だから、彼はすぐに参加することに決めたのだ。
彼は、寝転がったまま、手を真上に挙げた。
「ああ、今まで決して届かないと思っていた夢が目の前にある。しかも二週間後は俺の誕生日だ。そこですべてにけりをつけよう。そして俺は晴れて夢の一般庶民に……」
コンコン。
彼の空想を中断させる、乾いたノック音が彼の部屋に響く。
「……何の用だ」
明らかに不機嫌な声で応える。
「シーザ様、フルートのレッスンのお時間です」
城の召使がドアから顔を出した。
「彼女は?」
「今日は来てますよ」
彼の親は、彼が貴族らしくなるため、フルートを習わせていた。
最初は嫌がっていたが、とある一般庶民の女性が一緒にレッスンを受けるようになると、彼女が来るときだけは真剣にやるようになった。
何故なら――
「分かった、大至急準備していくよ」
「……了解です、シーザ様」
召使がそっとドアを閉めると、彼は口元に笑みを浮かべながら、レッスンに向かう支度を始めた。
――サラに会えるのは三週間ぶりか。楽しみだなあ、ものすごくワクワクする。
――やっぱり俺、本気であの子に惚れてるな。
もうお分かりだろう、彼はその女性――サラに恋をしてしまっていたのだ。
だが、貴族と一般庶民、身分の違いがそれを永遠の片思いにしていた。
しかも、彼には許嫁がいた。
互いに何回か会ったことがあり、相手はシーザのことを気に入っているようだが、彼は相手に興味すら抱いていなかった。
つまり、それだけサラという女性に心を奪われていたのだ。
――でもArkを手に入れることが出来たら、サラにちゃんと想いを伝えることが出来るだろうな。上手くいくかどうか分からないけれど、もし両想いだったら、そのまま結婚してもいいかも。許嫁なんて破棄しちゃってさ。
彼が脳内で妄想を繰り広げていると、いつの間にか準備する手が止まっていた。
「いけない、いけない。まだ手に入れていないのに。ま、絶対に手に入れて、すべての夢を叶えるさ。……よし」
一通りの準備を終えて立ち上がると、鏡で自分の姿を確認しながら呟いた。
「サラ、もう少し待っててろ。絶対に幸せにしてあげるから」


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