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「あれ、コバック、リトラス、まさかそれ……」
アロルドが、二つの声の正体――コバックとリトラスに尋ねる。
「おや、君も久しぶりだね、ロール」
「いや、それは分かってるから。その箱はどうしたと聞いている」
二人は顔を見合わせて、リトラスが言った。
「……実はさ、この島に『Ark』があることは知っていたんだ。でも、なかなか探しに行こうって気分にならなくてさ。今ベガの腕の中で眠っている病弱野郎もいるし。だけど、この間急にトロアが『一人旅をしたい』って言い出したんだ。病み上がりだったから心配だったけど、結局挑戦ということで送り出したんだ。その時に『Ark』のことを思い出して、それでね。トロアが乗った一便後の船でこっそりと、うん」
彼らのことを知っているらしいベガやアルタイル、アロルド、クロードは事情を知って呆然としているが、話が見えないクラウス、ラルフ、シーザは黙って聞いている。
「それで? 独り占めする気か?」
クロードが問いただす。
彼らに緊張が走る。
だが、二人はへなっと笑った。
「まさか。そんなことは考えていないさ。夢を叶えたいやつがこれだけいるんだ。独り占めする気なんて、さらさらない。ただし、」
「ただし?」
「第一発見者は俺達だからな。それは譲れない」
ふんぞり返って言ったコバックに、思わず(約一名を除いて)皆が笑った。
その時にいつの間にか目が覚めたトロアが、「兄貴達のばかやろう……」と小声で言ったが、ベガ以外の人は誰も気付かなかった。
◆
それから彼らは、熱があるトロアをベガが背負い、山を降りた。
『Ark』らしきものは、アロルドが魔法で作った異空間に保管し、いつでも取り出せるようにした。
下山中、クラウスはそっとアロルドに声をかけた。
「あの、気になることがあるんだけど」
「気になること? あの三人のことか?」
「まあ、それもあるけど、今聞きたいのは、クロードのことなんだ」
クロード、という単語を聞いた瞬間に、アロルドはなんとなく質問の内容が予測出来た。
「……ケガの治り具合のことか?」
「あれ、何で分かったの?」
クラウスは驚きの色を隠せない。
「皆聞いてくるからさ。『ミリエラの人間なのに、どうしてこうも傷が治るのが遅いのか』、てね」
「そうなんだ。で、何で?」
「分からない」
アロルドは即答した。
「……え?」
「分からないんだ。お前なら、『地球から来た人だから』で説明がつく。でも、あいつの場合は、どうしても説明出来ない。親に聞いたこともあるけど、やっぱり原因は不明で」
「……」
「でも、あまり気にするな。それでもちゃんと、あいつは生きているから。お前もそうだろ?」
「そう、だな」
少々腑に落ちないと思いつつも、クラウスは彼の言葉を信用するほかなかった。
◆
それから宿に着き、トロア、リトラス、コバック以外の七人は、荷物をまとめて帰路についた。
残った三人も、トロアの熱が下がるのを待って、家路を急いだ。
◆
「あー、やっと帰ってきた」
アロルド、クロード、ベガ、そしてアルタイルの地元であるルテンバー王国の首都、アルモに彼らとクロードが帰ってきたのは、夜の十一時を回った頃だった。ラルフとシーザも、各自の地元に帰っていった。
「今日はもう遅いから、皆、僕の家に泊まっていけ。アルタ、構わないだろ?」
「もちろん」
ベガの問いに、アルタイルが答える。彼女の言葉通り、三人は二人の家に泊まった。
◆
その夜。
クロードは、すっかり打ち解けたクラウスと同じ部屋で寝ることになった。
預かっていた音楽プレーヤーを返すついでに、クラウスはあの疑問を直接本人にぶつけた。
「思ったんだけどさ、クロードって、何でミリエラの人なのに傷が治るのが遅いの?」
「あー、それね……」
クロードは、クラウスに近づいて言った。
「今から話してあげるけど、絶対に他の人に言わないでくれ。ベガやアルタイル、アロルドにさえも。いいか?」
「……いいよ」
前置きを聞いて、そうとう特殊な事情なんだなと察したクラウスは、これから突きつけられる事実を、永遠にその心中に閉じ込めておく覚悟をした。
「実はさ、俺、いや、俺らは――」
「ミリエラ人の父と地球人の母の間に生まれた、一卵性の双子なんだ」
「俺らが……双子? ドッペルゲンガーじゃなくて?」
「そう、双子なんだ」
クロードは、過去を語り始めた。
その昔、俺達の父親が、ある魔法を使うのに失敗して、地球に飛ばされてしまったんだ。その時に父を助けてくれたのが、俺達の母だった。
二人はその場で恋に落ち、双子を授かった。だけど父は異世界の人間、しかもただのそれではなく、王家の妻子持ちの人間。いずれはそこに帰らなければならない。だけど、地球で生まれた双子も見捨てておけない。だから、妥協案として、双子の一人―つまりお前を地球で、もう一人―俺をミリエラで育てることにした。
けど、俺をミリエラに連れて行くには、大きな問題があった。父の地元であるここ、ルテンバー王国では、何があったのか詳しくは知らないけど、歴史上の問題で、異民族の血が入った人間を迫害しているんだ。地球人もれっきとした異民族だから、バレたら即座に追放され、最悪の場合、殺される。――だからさっき、他の人には黙ってくれと言ったんだ。
それを防ぐために、父は魔法を使った日の翌日のミリエラに戻って、俺のことを『街で見つけた孤児だ』と言って、王家で育てた。
「そして、今に至る」
「そう、だったんだ……。でも、本当に双子なのか?」
クラウスは、クロードに尋ねる。
「ああ、本当だよ。あ、もしかして、証拠が欲しいとか?」
クラウスはうなずいた。
「そりゃそうだよな。話だけじゃ伝わらないこともあるもんな。じゃあ、見せてあげるよ」
クロードはそう言うと、左腕の袖をまくった。露(あらわ)になったその腕の肘と手首の中程に、紅い点線模様が一周していた。
「これ、生まれた頃からあるんだ。お前もあるはずだ」
それを見て、クラウスは、はっとして自分の左袖をまくった。そこには確かに、クロードと同じ場所に紅い点線模様があった。
「そっか……これ、ずっと気になっていたんだ。まさかクロードも持っているとは」
「俺こそ、物心付いた頃から意識し始めてね。父に聞いてみたら、さっきの話をしてくれたんだ。だから、ちゃんとした双子の証だよ。それと、もう一つ」
「まだあるの?」
「あるよ。――ちょっと思い出して欲しいんだ。メトア山でのこと」
メトア山――クラウスらが入り、彼が無我夢中で敵と対峙した場所だ。
「あー、あれか。でもさ、俺、よく覚えていないんだよね」
クラウスはこの時の記憶がない。苦笑しながらクロードに言う。
「あ、そうなんだ。他の人からも聞いていない?」
「聞いてない」
「なら話すか。まあ、一言で言えば、あの時、俺とお前との間に、テレパシーみたいなものが働いていたんだ。だいたいが俺の一方的なものだったけど」
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