2

                ◆


船のデッキ。
誰もいない場所に、少年――正確には二十三歳の大人がいた。
彼の名はトロア。北方出身のため、色素は薄い。それに身長の低さと声の高さが相まって、年齢よりも幼く見られている。
それが彼の短所であり、長所であった。
――実は学生料金で乗ってます、なんてね。
白くて薄い長袖の服をその身に纏い、それが髪とともに風に揺れる。
それはまさに、「純潔な少年」そのものであった。
だがそれは、トロアという人間を、表から見ただけに過ぎない。
本当の彼は――。

コラリス島が近づいてくる。
デッキにいた少年は、ポケットに左手を突っ込み、「それ」の存在を確かめ、薄笑いを浮かべた。
――『Ark』は、俺のもの。
――絶対に手に入れて、願いを叶えてやるんだ。

――待ってろよ、ベガ。


                ◆


『皆様、大変長らくお待たせしました。間もなく、コラリス島に到着いたします。お忘れ物のないよう、お降りください』
午前十時。
祭り目当ての観光客を乗せたフェリーは、コラリス島の北の港に着岸した。
船からはき出された人々は、泊り掛けのつもりの人が多かったせいか、そのほとんどが中心街から離れたホテル街へ向かう。
クラウス一行もその中の一部だった。人の流れに身を任せ、昨夜泊まるはずだった宿へ入った。ここも、彼らと同じような人々でごった返していて、四人はしばらく待たされた。
やっとチェックインの順番が回ってきて、手続きを終えたところで、受付のおばさんが「あら?」と声を上げた。
「どうしました? 何か問題でも」
四人は立ち止まり、先頭を歩いていたアロルドが声を掛ける。
「いえ、何でもありませんよ。ちょっと、前から二番目の方と似た方を、先日見かけたので」
前から二番目を歩いていたのは、クラウスだった。
残りの三人の視線が、彼に集まる。
「……まさか?」
「クロード?」
「いやまさか」
一行が固まっていると、受付の人が再び声を掛けてきた。
「あのー……」
「はい?」
「もしかして、お知り合いですか?」
「そうかもしれないんです。実は、この子に似た人を探していまして」
アロルドが、クラウスの肩に手を置いて言う。
「その人は、この島に知人がいて、毎年この祭りに合わせて会いに行くと言っていたんです。ですが、今年はちょっと困ったことになりまして、彼を探してここに来たんです。良かったら、会わせてもらえませんか?」
『絶対に会わせてくれ』という願いがこもった嘘を、彼はごくごく自然に話した。
「うーん、まあ、本人の許可を取ってからですね。連絡しましょうか」
「お願いします」
彼女は『クラウスに似ている人』が泊まっている部屋に電話を掛けた。二、三言話すと、そっと電話機を置いた。
「どうです?」
「ここまで出てきてくれるそうですよ。『こちらも心当たりがある』と言っていましたから」

待つこと数分。
足音が近づき、クラウスにそっくりな少年がひょっこりと顔を出した。
それと同時に、宿の扉が開いた。

「見つかっちゃったか」
笑いを浮かべたのは、正真正銘の『クロード』だった。
「『見つかっちゃった』じゃないよ。こっちはずいぶん心配したんだから」
呆れながらも笑顔を見せるのは、クロードの兄、アロルド。
兄弟の再会は、思っていたものよりも随分と軽かった。
「ごめんごめん……って、お前ら、」
「ん? こいつのことか?」
アロルドは、再びクラウスの肩を軽く叩く。
「いや、それもなんだけど、後ろ……」
「後ろ?」
クロードが指した先を四人が見ると、いかにも『あ、バレた』という表情をして固まっている二人組。
「シーザ、ラルフ、何でここに」
ベガが声を掛ける。
「ま、まあ、色々と」
「うん、ちょっと祭りをみようと」
あまりにも急な遭遇に、動揺しながら答える二人。
「ホントに?」
ベガは追い討ちをかける。
「……」
「……」
シーザとラルフが答えづらそうにし、気まずい空気が流れる。
「あのー……」
そんな空気を跳ね除けるように、ふとクラウスが声を上げた。
「何があったのか知りませんけど、ここは一度、各自荷物を部屋に置いてから、一箇所に集まりませんか? ここで立ったまま話しても迷惑ですし」
言い終わってから、クラウスは皆の顔色を窺った。
「それもそうだな」
口を開けたのは、四人組のリーダー格のアロルド。それから、皆を見渡して言う。
「詳しい事情は後から聞こう。取りあえず、シーザもラルフもチェックインして荷物置いてこい。終わったら三○四号室に全員集合だ。いいな?」
「はいっ!!」
「はい……」
七人は一旦解散し、アロルドとクラウスが泊まる部屋に集まった。


                 ◆


片方のベッドにアロルド一行、もう片方のベッドに合流した三人が、それぞれ向かい合うように座った。
「えーと、まずこいつを紹介しないとな。ラルフは知っていると思うが、地球からやってきたクロードのドッペルゲンガー、クラウスだ。本名は上野歩真。まあ、クラって呼んでやってくれ」
アロルドがそう言って、クラウスに声を掛ける。
「さ、お前も」
「分かってるって。――あ、先程紹介がありましたクラウス、本名・上野歩真です。迷惑掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「よろしく」
「こちらこそ、よろしくな」
新参三人が挨拶をすると、アロルドはクロードとシーザ、ラルフの三人に向き直った。
「さて、事情聴取といこうか。まずシーザとラルフ。感じからして、祭り見物以外にも用事があるようだけど」
「……本当、鋭いな、アロルドは」
話したのはラルフだった。
「見てりゃ分かる。で、何故ここに」
「君達と同じだ」
「!?」
アロルド一行とクロードは驚く。
「ほら、この間、カチェで会った時に『クロードがArkを探しに行ってそのまま行方不明になってる』って話になったよな。その時さ、僕もふと『いっそ僕も探してみようかな』って気持ちになったんだ。それで、君達と別れてからクロードに連絡したけど繋がらなくて。そこで、話に乗ってくれそうなシーザを誘ったんだ。一人じゃ怖い、けど僕にはどうしても叶えたい夢があってね。するとシーザも話に乗ってくれたんだ。こっちはどうも恋愛関係で問題があsdfghjkl」
いきなり都合の悪い話になったのか、シーザはラルフの口を押さえた。
「ごめん、ちょっと危ない方向に走りそうやったけん。ごめんな?」
少し紅い顔に黒い笑みを浮かべ、聞いていた五人に謝るシーザ。
「……」
五人は黙るほか無かった。


[ 17/32 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -