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                   ◆

翌日 謎の空間にて
クラウスらが遊園地で童心に帰っている頃、あの空間にまた人々が集っていた。
「情報は入ったか?」
「いくつか入ってきています。しかしどれも非常に断片的なもので、これ、といった確実な情報は得られていません」
「何故だ? あれだけ言って、人員も二人の案件に相当数割いたはずだが」
「『謎の旅人』が通信手段を持っていないことが原因のようです。他の人との連絡は一切行っていない模様」
「完全に単独行動か」
「そのようです。他人からの追跡を逃れるためでしょう」
「賢明なヤツだな。けれど我々の手から逃れることはできるまい。引き続き情報収集を頼む」
「了解です」

「さて、私もそろそろ……」
「ボス、デカい情報が入りました!」
「お、何だ」
「ドッペルと『旅人』は……」

ある男がそこまで言いかけた、その瞬間だった。

ズガァン……――!

空間に、銃声が響き渡り、男が倒れた。

「……」
小柄な侵入者は、何も言わずに左手に持っていた拳銃をしまった。
「……何者だ」
ボス、と呼ばれた人物は、侵入者に静かに問いかけた。
「名乗るほどの人物ではありません」
高めのテノールが、空間にいた全ての人の耳に届く。
「ならば何が目的だ」
「目的? ……きゃははははは!」
侵入者は、突然笑い出した。
「何がおかしい!?」
ボスの口調が強くなる。
「このようなタイプの人間が、自らの目的をそう簡単に話すと思います? 思わないでしょう」
「!?」
「おや、それすらも分かっていなったようですね。こんなのがボスで、本当に『Ark』を守れるんですかねえ?」
「おのれ……!!」
怒ったボスは立ち上がり、侵入者に近づいた。だが、ある一定のところまで行くと、それ以上彼に近づけなくなった。
「うおっ!?」
何と、彼の周りには、結界が張られていたのだ。
「ざーんねん。君には俺を殺せませんよ。もちろん、他の方々にもね」
「……」
空間にいた人々は、誰もが彼の言葉と能力に気圧(けお)されて動けない。
「まあ、今はこのぐらいにしておきます。でも、これだけは言っておくことにしましょう、」

「君達はいつか滅びますよ」

そう言うと、彼は煙に包まれ、その場から消えた。
誰かが彼に向かって剣で攻撃を仕掛けたが、剣先は銀色のままだった。

「……皆の者」
ボスは語りかけるように言う。
「また一人、貴重な人材が奪われた。そしてまた、新たなる脅威が現れた。ドッペルと『旅人』の捜索も続けて欲しいが、先ほどの人物の情報も、出来る限り集めて欲しい。もし実際に見つけたら、その場で殺しても構わん」
「「……了解です、ボス」」

                     ◆

午後七時。
カルナの港の待合室は、大勢の人で混んでいた。朝から風が強く、コラリスへ向かうフェリーの運航が見合わされていたのだ。
その人々の中に、『謎の旅人』――もう皆さんには正体が分かっているので、クロードと呼ぶことにしよう――がいた。
彼は今日中にフェリーに乗ってコラリスに入っておこうと思っていたのだが、このような状況のため、足止めを食らっていた。
街に戻って宿を取ろうか、とも思ったが、祭りの前でどこに行っても一杯だった。それに、一箇所に長居すると、もし追っ手がいた場合に捕まる危険性が高くなる。
だから、今日の内にフェリーが出ればそれに乗り、出なければ群衆に紛れて、待合室で一夜を明かそうと考えていた。
――ま、これだけ人がいれば、見つかることはないか。
売店で買ったサンドイッチを頬張りながら、運行状況の続報を待っていると、突如アナウンスが鳴った。群集は静まり返る。
『皆様、大変長らくお待たせしました。風が弱まり、出航出来る条件が整いましたので、今夜の午後八時の便は出航いたします。乗船を希望される方は、乗船口にお並び下さい。繰り返しお知らせします。……』
アナウンスの終了を待たずに、人々は列を作り始めた。クロードもそれに並ぶ。
間もなく、乗船口のゲートが開かれ、待ちわびていた客は一気にゲートを通過して行った。

                   *

一時間後。
汽笛が鳴り、フェリーは動き始めた。ここからコラリスまでは二時間掛かる。
クロードは、サンドイッチでは満たしきれなかった腹を埋めるために、船内の売店で買ったお弁当を食べながら、スケジュールを確認していた。
――宿が取れる可能性は低いけど、とりあえず探してみよう。もしなければ、向こうの港の待合室で朝まで過ごせばいい。夜が明けたら、ありそうな場所に行ってみる。それで一日過ごしたら、後は祭りを楽しもう、うん。もし『箱』が見つかったら、異空間に置いておけばいい。
思っていたよりもおいしい弁当に舌鼓を打ちながら、彼はつかの間の船旅を楽しんでいた。

そういった時に限って、思わぬ事が起こるものである。

到着予定三十分前。
乗客が転寝(うたたね)をしていると、船内にアナウンスが響いた。
『乗客の皆様にお知らせします。本船はあと三十分で到着予定でしたが、再び風が強まったため、到着が遅れる見込みです。申し訳ございません。……』
船内がざわつき始める。
そのざわつきで、クロードも目を覚ました。
――マジか……でも何とかなるさ。

彼は、遅れをあまり気にしていなかった。

                    *

午後十一時。
結局、予定よりも約一時間遅れて、フェリーはコラリス島に到着した。島は風が強く吹き荒れている。
クロードは島の観光パンフレットを手に取り、島にある三つの宿をチェックして地図を頭に叩き込んだ。彼は記憶力に長けていた。
風で歩くのがやっとだったが、彼は港から一番近い宿に辿り着いた。が、予約客で一杯だった。
近くにあったもう一つの宿――というよりもホテル――も、既に満杯だった。
――困ったな。
三つ目の宿は、港から大分離れていた。この風の中行くのは辛い。
――でも行くしかない。
同時にフェリーを降りた人々は、次々に先程の二つの宿に吸い込まれていく。
――まあ、本来やってはいけないことをやっている身だ、これぐらい、我慢しないと。
そう思って歩き出した、その時だった。

突風と共に、強い雨が降り出したのだ。

――何でこんなタイミングで!?
彼は雨具を持っていなかった。ならば、魔法でなんとかするところだろう。だが、突然の嵐に混乱してしまい、さらに疲れが溜まっていた彼は、

自分が魔法使いであることを忘れていた。

彼は無我夢中で、大雨の中を走った。

クロードが宿に着いた時、彼はびしょぬれだった。その姿に驚いた受付のおばさんが、すぐにバスタオルを持ってきた。
幸いなことに、部屋は空いていた。
浴場はもう閉まっていたので、彼は部屋のシャワーを浴び、ベッドにもぐりこんだ。

                     ◆

翌朝。
「ふあ〜あ。……あれ?」
彼は目を覚ますと、自分の体が妙に重く、熱いことに気付いた。
「まさか? いやまさか……」
そんなはずはない、と思ってベッドから出た瞬間、彼は一瞬クラッとなった。
恐る恐る、手を額に当ててみる。
その手に伝わってきた熱さは、普通のそれではなかった。
「……ゲームオーバー」
宿のフロントに連絡を入れて事情を説明すると、彼はベッドに倒れ込んだ。
そして、昨日の自分に心中で毒づいた。
――あんな天気じゃ、定刻通りに着きそうにないと、何で考えなかったんだろう? もし、天気がよくなってから船に乗ったら、あんな大雨に遭うこともなかったのに。
――熱出して予定が狂うこともなかったのに!

外は嵐が続いている。
クロードが城を抜け出してから、一週間が経っていた。"

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