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午後四時。
アロルド一行は、メトア山から下りるために、元来た道を戻っていた。
リーダーのアロルド、彼の友人のベガ、その弟のアルタイル。アロルドの背中には、気を失っている地球から来た青年――クラウスが背負われていた。
「しかし、こいつが一人でここまでやるとはな。全く、予想外だ」
アロルドが、背にいる人物の先程までの様子を思い出しながら言う。
「ホントだよ。もしかしたら、もともと魔法の素質があったりして。ほら、旅に出る前、アロルドがこいつに魔法を掛けただろ? そしたらすぐにあそこまでの力が使えるようになった。並の人間ではないのは間違いないよ」
腕を組みながら、そう言ったのはベガ。
「俺もそう思う。だってこいつ、魔法がない世界から来たんだろう?」
アルタイルが怪訝な顔で言う。
「そうなんだよな。――いや、ちょっと待った」
アロルドがふと、その歩みを止めた。
「どうした、ロール」
ベガが尋ねる。
「あー、実はな、地球にも少なからず魔法使いはいるってことを思い出してさ。しかも彼らには、必ずミリエラの血が入っている」
「どういうことだ?」
「……北の国の言い伝えでな、こういう話があるんだ」
アロルドは語り始めた。
――その昔、街で二つの闇組織の争いがあった。
一つは昔からある巨大組織、もう一つは新しく出来た若者中心の組織。
最初は古参の組織が優勢だったけれど、その組織のボスが新参の方の人間に撃たれた。
それをきっかけにして、形勢は逆転。
古参組織は壊滅して、名も無い土地に閉じ込められた。
ところがその数ヵ月後、古参組織はボスを新しくして復活。
今度は新参者がボコボコにやられ、再び古参の組織が街を守るようになった。
けれどここで、不思議なことが起きた。
戦いの後で、新しいボスと、彼女の秘書が姿を消したのだ。
二人はどこへ行ったのか。
他の国へ旅にでも行ったのか。
けれどそれは違った。
二人はまだ見ぬ世界、『地球(テラ)』へと旅立っていたのだ――
「……で、その二人の子孫が地球で勢力を広げて、魔法一族を築き上げたんだ。もしかしたら、クラウスはその一族の末裔かもしれない」
「なるほどな。もし本当にそれなら、戦闘能力の高さも説明がつくな」
ベガの言葉に、アルタイルもうなずく。
「けどなあ……」
「けど?」
「さっきのクラは、魔法じゃない『何か』が働いていたような気がするんだよなあ」
「「……」」
そんな話をしていると、一行は山の入り口に戻ってきた。クラウスはまだ目を覚まさない。
「あー、やっと着いたな」
アルタイルが大きく伸びをする。
「アルタ、まだ入り口に戻っただけだ。まだまだこれから街中までのバスの旅が待ってるぞ」
ベガが呆れ顔で言う。
「あ、そうだった。……ていうか、バス、ちゃんと来るかな?」
「心配しなくても来るだろ。――ほら、噂をすれば」
アロルドが指差した先には、ここに来る時に乗ったバスが彼らの方向に向かってきていた。
やがてバスは止まり、クラクションを鳴らした。この先はバスが通れるほどの道幅がないので、歩いて来いという合図だった。
アロルドが代表して、返事の代わりに剣を掲げた。
「いやあ、皆さん、よくご無事で」
バスに乗ると、運転手が彼らに話しかけてきた。
「ええ、何とか。……ちょっとやられている人はいますけどね」
「君の背中に背負われている人か?」
「そうです。でも大丈夫ですよ。直に意識は戻ってくるはずですから。では、お願いします」
「あいよ」
バスは、すぐ前にある、少しだけ横に広がった場所を利用してUターンし、元来た道を戻り始めた。
それからしばらくして、運転手は一行に話しかけた。
「そういえば、君達は『箱』を探しに山に入ると言っていたな」
「はい、そうです」
ここでもアロルドが代表して答える。クラウスは相変わらず目を覚まさず、ベガとアルタイルは疲れたのか眠ってしまっていた。
「それで、『箱』はあったのかい?」
「ハズレでした。けれど、山に入った人が帰ってこない理由が分かりました」
「ほう。何だったのかい」
「見張りが敵だったんですよ。どうも侵入者に備えていたようです。一応倒してはおきましたけど、ああいうのはいくらでも交換が出来ますからね。いずれ、また湧いてくるでしょう」
「では、まだまだ一般の人が入山するのは……」
「難しいでしょうね。――あ、ちょっとそこまでにしましょう。目が覚めたようなので」
*
目が覚めたとき、クラウスの目に飛び込んできたのは、アロルドの顔だった。
「やっとお目覚めか」
「……ここ、どこ?」
ずっと意識の無かったクラウスが尋ねる。
「バスの中だ」
「……バス? メトア山じゃなくて?」
「メトア山はもう降りた。お前が気を失っている間にな」
「そうなんだ。……って、」
「? どうした」
クラウスは何かにハッと気づいた。しかし、アロルドには彼がそうなった理由が分からない。
それもそのはず、アロルドは無意識のうちに、
クラウスに対して膝枕をしていた。
「えっと、ロール」
クラウスは遠慮がちに問う。
「何だい?」
「……起きていい?」
「起きる? いいけど?」
クラウスは起き上がり、アロルドの横の座席に座った。
結局、アロルドは、自分が恥ずかしいことをしていたことに気付かなかった。そして、
「……思わぬ収穫、だな」
魔法を使ったカメラを構えていたベガにも。
◆
午後六時。
『謎の旅人』は、鉄道の終点であるカルナ駅に降り立った。
カルナは、ミリエラの中でも南の方にある国、デルタ王国の首都。人口もそれなりに多い。
列車を降りた客もわりと多く、マロナの時と同じように、人の流れにそって改札を抜ける。
――今日はここで一泊して、明日コラリスに向かおう。
コラリスというのは、デルタ王国の沖合に浮かぶ島。『Ark』があるかもしれない場所の一つである。気候は一年を通して温暖な常夏の島だ。だから祭りがあれば、それは全て「夏祭り」と呼ばれ、島の住人はもちろん、大陸からも多くの人が訪れる。
そして現にこの三日後、島で祭りが開かれることになっていた。
――それに紛れれば問題ないか。
けれども油断は禁物だな、と思いながら、彼は駅を後にした。
◆
午後八時。
ホテルの一室に、四人が集まっていた。
内容はもちろん、今日の出来事についてとこれからの計画だ。
まず話題に上がったのは、クラウスの性格の豹変だった。
「本当に、あれはすごかった。別人みたいだったな」
「あの時は本当にびっくりした。くどくど言っている相手に向かって、『黙れ』って言いながら剣を相手の喉元に突き付けるなんて」
「しかも、そのまま相手を殺(や)ってしまうからなあ。クラは本当にすげーな」
ミリエラ人三人は、クラウスに次々と称賛の言葉を掛ける。けれど、彼はきょとんとしていた。まるで何も知らないかのように。
その様子に気付かずに、三人は彼の話で盛り上がる。
蚊帳の外に置かれたような気分になった彼は、話が途切れたのを見計らって、声を掛けた。
「あの、盛り上がっているところ悪いんだけど」
「ん?」
三人とも、クラウスの方を見た。
「実はさ、
俺、三人の話してる部分の記憶が、全く、無いんだけど……」
「「「……え?」」」
間の抜けた返事が揃う。
「だから、肝心なところの記憶がないんだよ!」
「本当か、それ」
アロルドが身を乗り出して尋ねる。
「ホントだって。『穴に底が無い』って言ったのは覚えてるけど、そこからバスで目が覚めるまでの記憶は、……無い」
「そんな、」
ベガが、信じられないとでもいうような表情でクラウスを見る。
「でも、別に気にしてはいないから。それよりさ、これからの予定考えようよ。ほら、過去のことをずっと考えても前には進めないし」
クラウスは気丈に振舞う。
「……それもそうだな。振り返るのは全てが終わってからにしよう」
アロルドが同意し、他の二人も頷(うなず)いた。
*
「それで、これからの行動の予定だが、ここでもう一泊しようと思う」
アロルドはどこか楽しそうな声で言う。
「え、どうして? どこか遊べるようなところでもあるの?」
アルタイルが尋ねる。
「それがあるんだよなあ、実は」
そう言うと、アロルドはカチェの観光地図を広げ、ある一点を指差した。
「……遊園地?」
「うん、遊園地」
ベガの問いに、本当に楽しそうにアロルドは答える。
「えっと、念のため聞くけど、お前もう二十歳だよな?」
彼女は問いを重ねる。ちなみに彼女は十七歳、アルタイルは十六歳である。
「そうだ」
「『Ark』とクロードの探索中だよな?」
「そうだ」
「ならどうして」
遊びに行くんだ、と言おうとした彼女は、アロルドの無邪気な笑顔にその問いをしまい込まざるを得なかった。
「たまにはいいじゃないか。一応訳ありの旅をしているけどさ、この旅には特に制限時間はないんだ。行き当たりばったり、好きなところへ行ってもいい。それに」
「それに?」
「……俺は生まれてこの方、遊園地とか、動物園とか、そういった類のところに行ったことがないんだ。クロードはよく連れて行ってもらっていたけど、俺は身体が弱くて、いつも留守番ばかりだったんだ」
「……」
三人は話を真剣に聞いている。
「だからさ、行ける時に行っておきたいんだ。王位継承権を無くしたとはいえ、俺もまだ王族だ。故郷(くに)に戻ったら行動は制限されてしまう。それだから、な?」
「……それなら、いいと思う」
彼の話の後、最初に口を開いたのはクラウスだった。
「行こうよ。俺もこの(ミリ)世界(エラ)の遊園地、体験してみたいし」
「俺も賛成」
「なら、僕も」
ベガとアルタイルも賛成する。
「……ありがとう、三人とも。じゃあ、明日も九時にここを出て、一日遊園地で遊ぼう。明後日ここを出て、電車に乗ってカルナに行き、船でコラリスに行くとしよう」
「「「はいっ!」」」
それから彼らは、思い思いの時間をホテルで過ごした。
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