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                   ◆


「しかし、本当にこの先にあるのか? 俺らの求めている『Ark』は」
しばらく歩いたところで、アルタイルが不満気に言った。
「まあ、そう焦るなって。ここには無くても、他のところにはあるかもしれないからさ」
ベガが明るい声で言うが、それでも尚アルタイルの態度は変わらない。
「そうかなあ」
「ベガの言う通りだと思うよ、アルタ。俺もそう思うしさ……お?」
先程と同様に、アロルドが何かに気づいた。
「どうした? ……え?」
ベガは困惑した表情を浮かべる。
「何なに? ……あれ?」
クラウスも自分の目を疑う。
「お前ら、何が……って、何だこれは」
最後にアルタイルも、その光景に言葉を失う。
彼らが見たものは。
「……穴、だよな?」
そう、突然木々が無くなって視界が開け、まるくて広い土地が広がり、その中央に大きな穴が開いていたのだ。
彼らはその穴を覗き込んだ。
「まさか、この穴の中にあるとか?」
まず、そう言ったのはクラウス。
「かもな。けど、何らかの罠である可能性も否定できない」
ベガが腕を組んで言う。
「でもベガ、元来た道以外に先に進めそうな道も無いんだけど」
アルタイルが周りを見渡す。
「行き止まりか……。ならこの穴が唯一の進路か」
アロルドが穴を覗きながら言う。
「しかしこの穴、深さが読めない。おまけに下に続いていそうな階段や梯子も見当たらない。仮に、この穴の底に『Ark』があったとしても、命と引き換えになりそうだな」
「なら、引き返す方が安全、ってとこか」
「えー、折角ここまで来たのに。でも命は惜しいなあ。クラはどう思う?」
アルタイルはクラウスに話を振る。
「そうだね……。これは俺の勘なんだけど、ここには無いような気がするんだ。さっき、俺が『この穴の中にあるかもしれない』って言ったけど、ホントは、何ていうか、穴の中から『Ark』の気配がしないんだよね。それに……」
彼は言葉を切る。
すっかり彼の言葉に聞き入っていた他の三人は、次の言葉を待った。

「この穴、底がない」

「……え?」
三人が首を傾げると同時に、穴から声が聞こえてきた。

「ご名答。流石、ルテンバー王国の王子のドッペルゲンガー」
「!?」
そして、穴から腰に剣を差した人が這い出てきた。
「よっこらせっく……おっと危ない。ここには人がいるんだった」
相手は立ち上がると、服に付いた汚れを払い落とした。
「……」
あまりの登場の仕方に、一同は顔を見合わせる。
そんな彼らを代表して、アロルドが相手に声を掛けた。
「あのー、どちら様ですか?」
すると相手は、下げていた視線を彼らに向けた。
「我が名はα。『Arkを守る会』の一員だ」
「……は? 何だそれ?」
「そのまんまの意味だ。『Ark』の所在を知るもので構成されている。その役割は、君達のような『Ark』を探す者達に探すことを止めさせ、『Ark』に他人の指一本触れさせないようにすることだ」
「つまり俺達に、探索を止めろ、と?」
「そういうこと。私はそれを君達に言うためだけにここに来た。アレは非常に危険だ。願いが何でも叶うと言われているが、それは迷信であって、実際にはすべてを破壊するとんでもない代物だ。分かったか? だから、今ここで、私の前で宣言してくれ。『Ark』を探すことを止めて、今すぐ国に帰ることを。さもなくば……」

「黙れ」

その短い台詞と共に、剣の刃先がαの喉元に突き付けられた。

「!?」
驚いたのはαだけでは無かった。
「クラ!?」
剣を持っている人物が、戦闘慣れしているミリエラの人間ではなく、地球の平和な国・日本から来た、先程初めて戦闘を経験した人間・クラウスだったからである。
「こちらが黙っていれば、何か色々しゃべりやがって。折角ここまで来たのに、今更探索を止めろ、と言われて、止めると思う? 他の三人は知らないけど、俺は止めない。それよりさ、いくつか突っ込んでいい?」
「……」
「「「……」」」
その鋭い眼光と、彼の体から滲み出る威圧感で、誰も声を発することが出来ない。
「まず一つ。なぜ入り口に竜を置いた? なぜその竜で来訪者の命を奪った? そして、なぜ永遠に落ち続ける穴を創った? 皆、今の君のように、説得して生きて帰したら良かったのに。まあ、その理由は言わなくても分かるけどね」

「手間がかかるから、でしょう?」

「……っ!?」
「おい、クラ、そこまでにしと……」
「もう一つ」
彼の言葉は、あらゆる反論や制止を受け付けない。
「なぜ、俺がルテンバー王国の王子のドッペルゲンガーであることを知っている?」
「それは……考えれば分かるだろう。私達の方にもそれなりの情報網はある。それぐらいの情報は、容易にそれに引っ掛かる」
αはやっとのことで言葉を絞り出す。
だが、クラウスはそれを鼻で笑った。
「はっ、そうだろうと思った。優秀な情報網だね」
「当然だ。『Ark』に関する情報は何でも引っ掛かるようにしている。抜かりはない」
「……君、さっきの褒め言葉、素直に受け取っちゃったんだ。馬鹿にするつもりでいたのに」
「何だと……!!」
αは苛立ちをあらわにする。
「だからクラ、それ以上やったら……」
「確かに、」
彼の耳に、もうそれらの声は届かない。
「君達の情報網は優れていると思うよ。現に今、君はここにいるからね。でも一つだけ、どうしても網に引っ掛からない獲物があるでしょう?」
「そんなものは、」
「ないとでも? あるでしょう、」

「『謎の旅人』」

「……お前、本当に地球から来た人間だよな?」
「だったら?」
「今の状況、どこまで知っている?」


残された三人は、顔を見合わせる。
「……なあ、『謎の旅人』って何だ?」
アルタイルが二人に聞く。
「知らん」
「じゃあ、何でクラは俺達が知らないことを知っているんだ?」
「それも知らん。だがこの状況、下手に手を出さないほうがいいな」
「……そうだな」
クラウスと共に行動していた三人は、もう黙って成り行きを見守ることを決め込んだ。


「さあ? すべて知っているかもしれないし、もしかしたら、案外何も知らなかったりして」
「だったら、なぜこんなに核心をついた言葉が、その口から出てくるんだ?」
「それは俺にも分からない。まあいいや、俺の予測がすべて本当だと証明出来たから」
彼は、剣を持った右手を少し右下に動かした。
しかし、αはそれに気づかない。
「それで十分なんだ。と言う訳で」
「――っ!?」
彼のフランベルジェの刃先が、αの心臓の辺りに少しだけ刺さった。
その傷口から、血が一滴、また一滴と、滴り落ちる。
「最後に、いや、最『期』に教えてくれ。仲間三人が拒んだとしても、君がいくら警告しても、俺は何が何でも『Ark』を持って国に帰る。だから教えてくれ、『Ark』の在り処を」
「……教えると思うか? 何度も言うが、私達は『Ark』を守り、旅人を含めた他人の指一本触れさせないことが目的だ。――私の遺言は以上だ。だから、今度は君、いや、後ろにいる仲間達の遺言も聞こうか」
αはようやく、腰に差していた剣を抜いた。
そしてその刃先を、クラウスの喉元に突き付ける。
それと同時に、彼は呪文を呟いた。

――Lei tiene la vita dell'amico――

しかし、特にこれといった変化は起きない。
「……何をした?」
「君達に魔法を掛けたのさ。後ろにいる三人の命を、私と言い争っている青年に預けたのだよ。つまり、君――ルテンバー王国の王子のドッペルゲンガーに、君達全員の命がかかったのさ」


その言葉に、クラウスの背後にいる三人のうち、アルタイルだけが深刻な表情になる。
「おい、それってやばくないか? やっぱり、どこかでクラを確実に制止しとくべきだったか……」
「大丈夫だ、アルタ」
「ベガ、あいつに俺達の命がかかってるんだぞ? 今からでも何とかして……」
「その必要は無い。なあ、ロール」
「そうだ。アルタ、俺達は何もする必要が無い。なぜか分かるか?」
アルタイルは首を横に振る。
「αに勝ち目がないからだ。だから、最後の悪足掻きとして、厄介な魔法をかけたんだ」


「私は今から、君に一つの質問をする。その質問に答えたら、君達の命を守ろう。けれども答えなかったら――」
「俺の首をはねて、仲間皆を殺すんだろ? いいよ、上等だ。何でも聞いてこい。答えてやる」
クラウスは笑っている。
こんな危機的状況であるにも関わらず。
「ほう、度胸があるな。なら聞こう。私が君に聞きたいことは一つだけだ」

「『謎の旅人』とは何者だ?」

「やはり、そう来ましたか。まあ、答えてやりましょう。ただし、その前に――」

クラウスは、αの問いに答える前に、
αにほんの少し刺さっていたフランベルジェの刃を、一瞬引き抜き、

――Lui è il――

一気に彼の心臓に突き刺した。

――Lui è il fratello più vecchio dei miei gemelli.――


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