この時代に来た僕達は、日本で働くに当たって、別の名前を持つことになった。
なぜ、僕達が日本で働くことになったのか。ある噂があって、日本に、僕達の魔法協会―実際にはマフィアであるミルトリー・ファミリーなのだが―と対立する、悪さをする連中が潜んでいるらしい。その情報収集のためだった。
それに、僕達は、他のファミリーの構成員と比べると、魔法の能力が高いらしい。ミルトリー・ファミリーはイタリアに拠点を置いているが、高い能力を持った僕達を、ある程度成長するまで、比較的安全な日本に避難させておく、という目的もあるらしい。日本にも一応敵はいるようだが、事態が切迫している訳ではないから、と。
別の名前は、例えば、これまでにも言ったように、僕、ゲールは「井上元気」、姉さんのユーミンは「井上優子」という風に。
このように、本名を隠して、僕達は活動をしている。


Little † Dandy 第1章 少年時代


井上家

四月二日。昨日から僕達は、中学二年生。春休みなので、学校はない。
満開の桜の下、鳥のさえずりも聞こえる。
今日も普通の朝を迎えた。そう、思いたかったのだけれど。
「おはよう、って、ゆうこ、またか……」
ベッドから起きた僕、元気がまず見たものは、僕が普段使う椅子に座って、僕の机に突っ伏して寝ている姉さんだった。誤解のないように言っておくが、徹夜明けのサラリーマンとか、そういうのではない。
机の上には、電源がついたままのノートパソコン。

今の「ブラッディ・ローズ」の一番の目的は、日本にいる怪しい連中の情報を集めることだけれど、暗殺もやるし、敵対するグループを懲らしめることもあるし、同盟を組む他のファミリーとの会合に出ることもある。僕と姉さんは、昨日は敵対グループの掃除に行っていた。仕事が終わった後、報告書を書いて、ファミリーのボス・マリノにメールで送ることになっている。姉さんはパソコンが苦手なので、僕が書くことが多いのだけれど、昨日の仕事で僕は手にケガをしてしまっていたので、姉さんにしてもらうことにした。
僕はパソコンは得意なので、30分もあれば書けるのだけれど、優子はタイピングが遅い。僕は疲れていたので、書き終わるのを待てなくて、先に寝てしまった。
――仕方ない、今度から少々無理をしてでも、僕がやろうか。
姉さんは起きる気配がない。よくこの姿勢で熟睡できるよね。
起こそうかどうか迷ったけれど、時計の針が九時を指している。今日は姉さん、九時半から映画を見に行くと言っていた気がする。僕は行かないけれど、起こさないと。
「おーい、優子、もう九時だよ」
「……え、まじで」
そこからは早かった。一気に目を覚ましたかと思ったら、慌てて着替えて(僕は部屋から一旦追い出された)、僕達のいた二階から駆け下りて、靴を履いて出て行こうとする。上着は僕が投げた。
「朝ご飯は?」
「時間ないからいいや。夕方まで帰ってこないだろうから、昼は勝手に食べていいよ。あと、昨日の報告書、送り方分からんけん、送っておいて。じゃ、行ってこーわい」
「気をつけてよ……」
早口でまくし立てると、鞄を持って飛び出して行った。
「相変わらずだなあ。お昼、弁当でも買うか。その前に報告書……送り方教えたはずなのだけど」
いや、その前に、自分も起きてからまだ何も食べていない。パンを焼こう。



簡単な朝食の後、報告書を添付したメールをファミリー本部に送った。それから、それほど時間が経たないうちに、確認の返信が来た。
『報告書、受理しました。お疲れ様です』
いつもの定型文。普段はこれだけなのだけれど、今日はそれに続きがあった。
『時間があれば、本部に来てください。お話ししたいことがあります』
あれ、どうかしたのだろうか。もう次の仕事の話かな。
『ミルトリー・ファミリー ボス マリノ』
ボスの指示は絶対だ。パソコンの電源を切って、外行きの服に着替えて、一階にある大きな扉の前に僕は立った。
ファミリーの本部は、イタリアのローマにある。
外から入る扉は、セキュリティの都合上、非常時以外は開くことがない。そのため、用がある人は、世界中にある『魔法の扉』を使って出入りする。その扉は、魔法使いにしか見ることも、使うこともできない。その扉の一つが、僕達の家にある。
扉の前で、僕は目を閉じる。
――魔力、解放。
魔力は、普段は封印されている。常に解放していると、身体に負担がかかるからだ。
目を開けると、僕は扉の取っ手を押す。普段は開かないそれの向こうへ。


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