プロローグ


僕は井上元気。双子の姉、優子がいる。
職業は中学二年生。笹倉市にある、第一中学校に通っている。
でもそれは、表の顔と、表の名前。本当は、魔法が使えるマフィアなんだ。
イタリアにあるファミリー、「ミルトリー・ファミリー」の中の暗殺組織、「ブラッディ・ローズ」のボス、ゲール・ミルトリー。二つ名は「リトル・ダンディー」。
僕達は、魔法を使って、世界中を飛び回って、「仕事」をしている。
でも何で、日本の中学生と、イタリアのマフィアを兼ねているのかって? それを今から話そうと思うんだ。時間があるなら、聞いていってよ。



仮想・中世ヨーロッパ

昔々のこと。僕達が7歳の頃。
実は僕、イタリアのシチリア島の王族の一員、王子様だったんだ。だから、立派なお城に住んでいた。父のトードが王様、姉の優子―ユーミンが王女様。母親は知らない。僕達がまだ赤ちゃんだった時に死んでしまったと聞いている。
僕達は平和な日々を過ごしていた。島もお城も、平和だった。でもそこに、思わぬことが起きた。
ある日、島のある家で火事が起きた。今―2000年代みたいに消防車がない時代だから、火があっという間に広がっていった。
海水を使って、火はなんとか消し止められた。ところが、焼けた家の持ち主が問題だったのだ。イタリアの本土にいる、ある大富豪の別荘だったのだ。
その大富豪は、強い権力を持っている人だった。しかも、火事が起きた時、別荘には誰もいなかったのだ。
無人の別荘で起きた火事。誰か彼に恨みのある人が、火を放ったのだろう。その大富豪は、「誰かの陰謀ではないか」と言い出した。
その言葉は、本土の国中に広がり、シチリアにも当然伝わった。その間に、言葉に尾びれがついて、「シチリアの王様の陰謀だ」と言う人も出てきた。
シチリアの王様――僕の父親はそれを否定したが、一度広まってしまった噂の火を消すのは、とても難しいことで。

そして、悲劇は起きる。

火事から二ヶ月ぐらい後のこと。
その日、僕は朝食の後に、父に呼ばれて、彼の執務室に行った。
「お入りなさい」
「お邪魔します」
部屋に入って、まっすぐ父の座っている椅子に向かおうとした。
そう、その時だった。
バリーン、とガラスが割れる音。その音の方を向いた途端に、何かがこちらに向かってきた。――危ない!
「パパ!」
僕はそれを止める方法を知らなかったから、避けるしかなかった。父には、声をかけるのが精一杯だった。
しかし、避けきれなかった。目の下をかすった。走る痛み。
――父親は。
自分のことは置いておいて、まず彼を見た。
僕は倒れた。椅子に座っていた父の胸に、赤と銀が見えたからだ。

意識が戻った時、視界は白に覆われていた。白いベッド、白いカーテン。ナイフが掠った右目の下は、布で覆われているらしかった。
僕の横には、看護婦さんらしき女の人が座っていた。
「目、覚めましたか」
僕は目元以外の身体の感覚を確かめた。他にケガはないようだ。
「……すいません、何が何だか分からなくて」
僕は、自分が混乱しているのか、落ち着いているのかもさえ分からなかった。
「……そうですね、突然の出来事でしたから。それで、目覚めたばかりで申し訳ないのですが、警察の方が見えております。『話を聞きたい』と。もし話せそうでしたら、お呼びしますが」
あの時、父の部屋には、父と僕しかいなかった。話せるのは僕しかいない。
「お願いします。覚えている限りのことはお話します。呼んでください」
「分かりました」

「初めまして」
僕はベッドから起き上がった。
「こちらこそ、初めまして。私達はシチリア警察の者です。あなたがゲール・ミルトリーさんで間違いありませんね」
「はい、そうです」
「では、お話の方、最初からお願いします」
一部始終を話した。部屋に入ってから、意識が飛ぶまで。
「……ありがとうございました。葬儀は明後日の予定です。そうそう、あなたのお姉様は、図書室にいたというアリバイがありますので、ご安心を」
姉さんが犯人ではないと聞き、僕は少しほっとした。だが、それで真犯人に対する怒りが収まる訳ではない。
「また何かあれば伺うかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
警察の人が出て行くのと入れ替わりに、誰かが入ってくる。姉のユーミンだった。
「失礼します。もう大丈夫ですか」
「いいですよ」
「分かりました。すいませんが、二人にさせてもらえませんか」
「構いませんよ」
看護婦さんとの会話が聞こえる。ドアの音がすると同時に、カーテンが引かれた。
「大丈夫か」
彼女は低い声で言った。秘密の話でもするのだろうか。
「大丈夫といえばそうかもしれないし、そうではないかもしれない。でも、話があるならいいよ」
「悪いね」
ベッドに座ってくる。黒い髪と目、僕と違う色。本当に姉弟なのかと思うこともあるけれど、それを他の人に聞くのはいけないと思って黙っている。もちろん、姉さんにも。
彼女は、小さな声で話し始めた。けれど、その内容は、簡単には賛同しがたいものだった。「それ、魔法では最大の禁忌だと聞いたよ。やめておいたほうがいいんじゃないの」
「いや、だめだ。これは緊急事態なんだ。奴らから逃れるためには、この方法しかないんだ。他の方法と比べてみても」
「本当に? 仮に実行しても、成功する確率は低いよ」
「僕はそれでも構わない。その低い確率に賭けてみるしかないんだ」
姉さんの話、それは、『タイムトラベルをして、大富豪から逃れる』というものだった。これが成功すれば、そして着地点がよければ、この先平和に過ごすことが出来るだろう。成功すれば。
先ほどの会話にもあったように、タイムトラベルは、魔法の世界では最大の禁忌とされている。このような言葉がある。

 現代にいる者は、過去を変えてはならない。
 また同時に、未来を知ってはならない。

この暗黙の掟を破ることになるから、タイムトラベルは禁忌と言われている。
仮に成功したとしても、成功確率は5%程度ではないかとされている。残りの95%は、時の狭間に閉じ込められてしまい、元の世界にも目的地にも、生きてたどり着くことはできないという。その5%に、姉さんは賭けると言っているのだ。
「僕達の命に関わる問題だよ。しかもそれ、やり方、知ってるの」
タイムトラベルのやり方は、ある書物に書いているという。しかし、その書物は、基本的に限られた人以外は開くことさえ許されないものだ。
「知らないと出来るわけないだろ。つーか時間がない、やってしまうから」
「え、まさか、あの『禁書』を……」
「悪い、本当に時間がないんだ!」
そう言って、姉さんは右手で、僕の手を握った。
この時、姉さんの右手の親指の付け根から、手首の辺りにかけて、見た覚えの無い真っ直ぐな傷が走っているのに気付いた。でも、傷の原因をその場で聞くことは出来なかった。今も出来ずにいる。
それから、左手で十字を切り、何かを一言二言呟いて、それから大きな声で言った。
「God,please watch it so that it is not shut in a narrow space of time!」
それを言い終わった途端、僕達の身体は宙に浮き、視界は真っ白になり、そして見知らぬ世界にたどり着いた。

そこには、僕達以外にも、知らない人が3人いた。それも皆、僕と姉さんと同じぐらいの年のようだ。
それだけではなく、立派な服を着た男が一人いて、その人は良さそうな椅子に座っていた。男は立ち上がり、胸ポケットから紙を取り出して、それを見て話し始めた。
「ゲール、ユーミン、リッキー、ローリー、そして、サム。初めまして、私は魔法協会のボス、マリノと申します。君達には、ここにいる5人がチームとなって、『彼ら』と一緒に、日本で働いてもらおうと思っています」
その言葉は、耳慣れた言葉とは少し違っていたけれども、何を話しているのかは理解できた。リッキー、ローリー、サム。聞き慣れない名前だったが、そこにいる僕達以外の3人の名前なのだろう。
言い終わった後、後ろの大きな、立派なドアが開いて、大人が何人か入ってきた。あれが、『彼ら』?
「彼らは、『ブラッディ・ローズ』という暗殺組織ですが、いずれはあなたたち5人に、跡を継いでもらいたいなと思っています。その時のボスは……そうだね、ゲールくん、君がいいかな」
一番最初からいた男は、僕の方を向いて言った。



あれから7年。
僕達は、大人達の跡を継ぎ、2代目『ブラッディ・ローズ』となり、世界中を飛び回っている。僕はそのボス。
自分を入れて5人のメンバーは、それぞれ個性があるから、まとめるのが大変だけれど、それはそれで楽しいものなのだ。
けれど、僕の右目の下の傷と、姉さんの右手の傷。それらは、治ることなく今も残っている。なぜそうなのかは分からない。
ずっと消えないのだ、恐らくこの先もずっと、消えることはないのだろう。


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