城は近くにあるように見えたが、だまされていたらしい、意外と距離があった。でも、これでへばるようでは、一暗殺組織のボスは務まらない。
後ろを見た。誰もいない。気配もない。
前を見た。城の門があって、その両脇に門番らしき男が一人ずついた。鎧などは纏っていないが、どんな武器を持っているか、あるいは魔法を使ってくるか分からない。用心に越したことはない、服のあちこちに隠してあるナイフを確認する。
「入城許可証をお持ちですか」
門に近づくと、二人の門番に両脇を囲まれる。右の男が僕に声をかけた。
「そんなものがあるのですか、私はあいにく……」
「ならば、お引き取り願います。許可証を持っている方のみ、入城を許可しておりますので。速やかにお引き取りになるならば、私達も攻撃はいたしません」
だが、この中にいる人物が、事の事情を知っている可能性が高い。戦闘になる可能性もあるが、接触しない訳にはいかない。
門番は中にいる人物のことをどこまで知っているのだろうか。殺しやケンカを生業とする身ではあるが、無駄な殺生は避けたい。入ろうとする人に対して、積極的に攻撃する相手ではないのであれば、麻酔系の魔法で少し眠ってもらう程度でも大丈夫だろう。もし後ろから仲間が追いかけてきて、その人達には攻撃すると仮定しても、あっけないものだろう。
眠らせる魔法は簡単だった。両隣の男に、手で軽く触れる。
「ソンノ(眠りなさい)」
まもなく、男達はうとうととし始めて、その場で横になってしまった。
――お茶の子さいさい。
門は頑丈なものではなく、鉄の棒を加工した簡素なものだった。門番から鍵を奪って、南京錠を開ける。
――警備が甘い。
誰も来ないと思っているのだろう。あるいは、来られても容易に追い払えるか、殺せるかと思っているのか。魔法によるガードも、今のところ僕は探知していない。
城は西洋風の、白い壁に屋根が水色、というシンプルなものだった。城の入り口は、流石にそれなりに立派にこしらえてある。金色のドアノブには、鍵穴があった。門番から奪ったのは、門を開けるための一つの鍵ではなく、五本の鍵からなる鍵束。一つは門のものだ、それ以外の鍵をさしていると、三本目が鍵穴と合致した。もう一度装備を確認して、回し開ける。
――うっそでしょ。
城の内部には、誰もいなかった。召使いや警備員などがうろうろしているのを想像していたが。
階段がいくつかある。慎重に進まないと、迷子になりそうな構造だ。どこをどう行ったか、記憶力が試されそうだ。
立ち止まっても何も解決しない。とりあえず、一番右端の階段を上ろうとすると、ふいに人の気配がした。
敵か、味方か、一般人か。ポケットの中のナイフの柄を握って、その方向を見ると、少女がいた。黒いメイド服を着て、モップを持っている。しかも、見覚えのある、青い髪に青い目。
「あれ、もしかして、ゲールさんですか……?」
「……マリンか?」
「そうです! あ、やっぱり、ゲールさんなんですね!」
当たり。少女の名はマリン。ミルトリー・ファミリーの一員、味方だ。海色の髪に、蒼い目。大海原のような、包容力のある広い心。包容力が行き過ぎて、天然。
僕は、あのタイムトラベルの直後、この少女に会ったことがきっかけで、気持ちがほぐれた。だが、そういえば日本で働くことになってからは、一度も顔を合わせていなかった。何年ぶりだろうか。
いや、回想に浸っている場合ではない。まず、彼女がここにいる理由を聞かなければ。
「そうだよ。久しぶり」
「お久しぶりです!」
相変わらずの元気の良さ。でも、状況を分かっているかどうかは怪しい。ただの天然ではない、超がつく天然少女なのだ。いや、少女なのか? 年齢を聞いたことがない。これもどうでもいいから後回し。
「何でここにいるの?」
「えっとですね、気がついたら、このお城にいて、メイドとして働いてました!」
「……そ、そうなんだ」
天然もここまで来たら呆れてしまう。今まで出会った人の中で、一番天然ではないだろうか。これは完全に、今置かれている状況の危険性を理解していないようだ。まあ、この人はファミリー内でも戦闘要員ではないし、今はファミリー全体を危険に陥れるような事案が発生している訳でもないし、平和ボケしているのかもしれない。
まず、彼女に、事の全体像を説明しよう。いきなり重要人物と思われる人の懐に侵入するより、その人に洗脳されているらしい彼女を説得するのが先だ。
しかし、彼女はどこからここに来たのだろうか。まさか、僕達が来たのと同じ壺だろうか、あれは元々ファミリー本部にあったものだからだ。ファミリーのボス・マリノが危機感を抱いたのも、彼女のことがあったからだろうか?


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