いつもの改札をくぐり、いつもとは逆方向の出口に向かう。その目的地は、数か月の間にずいぶんと通い慣れた友人のバー。
 寒風が、眠ることを知らない街を吹き抜ける中を、身を縮こませながら進み、ネオンの明かりから逃れるようにして地下空間へと沈んでいく。突き当りで手袋を外し、重厚な扉をゆっくりと開けると、いつもと変わらないマスターが待っていた。
「あ、裕樹、久しぶりだね。ひと月ぶりぐらいかな」
「ああ。色々考えていたら、予想以上に気が滅入っちゃってね。今はだいぶ落ち着いたけど」
 スーツの上着を脱ぎ、僕は彼の目の前のカウンター席に腰を下ろした。店の中に、僕以外の客の姿はない。
「まあ、あれだけのことがあったからねえ。――酒はどうする? いつものでいいか?」
 なるべく明るく振舞おうとしている友人に、僕は真剣な眼差しを向けた。
「いや、ブラッディ・マリーを二つ頼むよ。良ければ君の分も」
「……分かりました」
 僕の真意を汲み取ったのか、彼は伏せ目がちに返した。そのままカクテル作りに取り掛かる。
「けれど、もうひと月過ぎたんだね」
「早いよ、ほんとに。今まで生きてきた中で、一番早く過ぎた一か月だったかもしれない。それに、今回の一件で気付いたけど、充実している時間に身を置くのと空虚な時間を過ごすのとでは、時間の感覚はまた違うね」
「それは俺も思った。多分準也もそうじゃないかな。――そうだ、あいつ呼んでこようか?」
「いい。ゆっくり休んでるんでしょ。好きにさせてやって」
「そうだな」
 ウォッカと氷が入ったタンブラーが、トマトジュースの赤に染まりゆく。僕の記憶の引き出しから、このカクテルをこよなく愛したあの人との記憶が、徐々に取り出されていく。
 それは、半年前のことだった。その日も、いつもの改札をくぐり、このバーへと歩を進めていた。


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