彼女は指先を、北斗七星の方に移した。
「ウチは全部言えるぞー。スプーンの掬う方の先っちょから、ドゥーベ、メラク、フェクダ、メグレズ、アリオト、その次がミザールとアルコルの二重星」
「二重星?」
「地球からの見かけで、二つの星が隣り合ってる状態のこと。まあ、二重星にも色々あるし、もっと言えば、二つの星だけじゃなくて、六つの星が一団かもしれないとも言われているけどね」
「それって、六つの星が、お互いに影響しているかもしれない、っていうこと?」
「そういうこと。まだ研究中だけどね。そして、尻尾の先がベネトナシュ。本当はアルカイドっていうのが、天文学界での正式な名前なんだけど、ウチは由来的に、ベネトナシュっていう方が好きなんだよね」
「どうして?」
 星の呼び名にこだわりがあるとは。そういうことに関心の薄い人にとっては、どうでもいいんだろうし、僕も知ったところで、という感じだけど、僕はその理由を知りたくなった。
 僕は彼女が好きだから、どこか飄々としている彼女の思考を、どうにか理解しようと、出会ったときからずっと努めている。ここ数ヶ月の濃い付き合いで、かなり分かってきた気はするけど、まだ自信がない。だからこれも、その一環。
「『アルカイド』ってのは、アラビア語で、先頭、あるいは先頭の娘、って意味なんだ。『ベネトナシュ』もアラビア語由来で、似たようなものだけど、より話が具体的になる」
「そうなんだ。どんな感じなの?」
 彼女は一旦、手を下ろした。 
「そうだね……まず、この北斗七星が、おおぐま座の一部であるとか、スプーンとかひしゃくみたいな形をしているという考えを、一度捨てる」
 それから指先を、もう一度、スプーンの掬う方の先に持って行った。そして、その部分を構成する四つの星を、四角形になるように繋いだ。
「この四角形は、棺桶と、それを乗せた台車」
――棺桶?
 何故か、その言葉に引っかかりを覚えた。ただ、星の由来を話しているだけなのに。
「それから、それ以外の三つの星は、その台車を引っ張る娘達」
 ああ、何だか楽しそうにしているからか。棺桶、って言っているのに。やはり、ここでも、死に対する感情というものが、欠落しているか、他人(ひと)と感覚が違うからか。それなら、納得がいく。
 言葉に引っかかったんじゃなくて、彼女がこの言葉を、笑って話すから、僕は戸惑ったんだ。
「その先頭にいるのが、『ベネトナシュ』。きちんと言えば、『カイド・バナト・アル・ナアシュ』―『大きな棺を乗せた台車を引く娘達の長』。ロマンチックだろ?」
 ロマンチック、だろうか。僕はそうは思わなかった。ただ単に、そういう意味があるんだ、という解釈、それで終わり。でも、それが彼女の感性における、その星の名前に対する考え方なのだ。変に僕が反論して、彼女の気を損ねることは避けたかった。
「そうだね。星空で、葬式をやっているんだ……」
「そういうこと。僕はそこに、死に対するロマンのようなものを感じたんだ――」
 彼女は自転車の荷台に、両手を置いて、軽く体重を預けていた。どこか、恍惚としているような表情で。
 その様子は、危うさと儚さを、同時に含んでいるように感じられた。それと同時に、その光景は、僕の中に一つの疑問を生じさせた。
 彼女は、本当はどっちなのだろうか。やはり、死を望んでいるのだろうか? それとも、昨日揺れていたように、本当は生きていたいのか……?
 ああ、また彼女の思考が掴めなかった。


[ 44/60 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -