翌日

 昨日、彼女は印刷しただけで、組み立てたり再び地下に行くことはなかった。
 晩御飯は、彼女の作ったきのことベーコンのクリームパスタ(レトルトのソースだけど)と、温野菜の盛り合わせ、それに赤ワイン。今度こそ、飲み過ぎないように気をつけて、ほどほどに酔ったところで切り上げた。
 一度、六時頃に起きたけど、眠かったので二度寝した。起きると、もう十時前になっていた。自分でもびっくりするほど寝たと感じている。そして、その時には、もう彼女はベッドの横にいなかった。
「おはよー」
「おはよう。お昼はカフェにでも行くか? カレーでも食べに。ついでに、今日は一日遊ぼう」
 彼女はお茶を飲んでいた。赤黒いお茶、昨日と同じ、ルイボスティーなんだろう。
「いいよ」
 カレーか。言われてみれば、一ヶ月以上食べていない。この辺りなら、野菜がおいしいカレーでもあるのかな。
「あ、好き嫌いとかない? 野菜系で」
「いや、特には」
 小さい頃はにんじんが嫌いだったけど、あの家庭環境なので、無理矢理口に入れられて、飲み込まされたのをよく覚えている。今も敬遠しているけど、カレーとなら食べられるから不思議だと思う。
「うーし。じゃあ、自転車で行くか。こげるか?」
「もちろん」
 あれ、自転車って一つしか見てないな、と思ったけど、家の裏にもう一台、青いのがあった。サドルの高さもちょうど良かったので、調整せずにそのまま、彼女の後ろに付いていった。
 街に出ると、いくつかの食べ物屋が見えてきた。
「ここはカレーを出す店がいくつかあってね。僕のお気に入りに連れて行くよ」

 予想はしていたけど、地元の野菜をたくさん使ったカレーを出す店に入った。その野菜は確かに美味しかったし、彼女に勧められたホットケーキを、二人で分けて食べた。
 それから、ショッピングセンターに入って、彼女は服を一着、二着。僕はもちろん、荷物係。僕も、気になったベルトを一本買った。あとは、文房具屋で、彼女はのりを買って。
 夜はステーキ屋に入った。彼女、食べられるの? と心配したけど、こっちでは体調がいいらしい、鉄板焼きを一枚平らげていた。
 僕は思い出した、そうか、この人は元々、結構食べる人だった。このまま、体調がよくなってくれたらな、と淡い望みを僕は抱いた。
 自転車でも、飲酒運転はよくないと言って、家まで自転車を押して帰ることにした。彼女の鼻歌を後ろで聞いていると、突然、彼女が立ち止まった。
「おっと」
「ああ、ごめん。ちょっと寄り道しようかと思って」
「寄り道?」
「うん。見せてあげたいものがあるんだ」
 いつもとは違うところを曲がっていって、木々の中を進んでいく。鼻歌をまた歌っていたけど、急にそれをやめたかと思うと、どこからか、鳥の鳴き声が聞こえてきた。
『ホウー、ホウー、ホウー……』
「フクロウ?」
「フクロウだね。今日は何を考えてるのかな、森の哲学者さんは。ホウー、ホウー、ホウー……」
 鳴き真似をし始めた。上手だな、そっくりだ。彼女がやめると、また、本物が鳴き出す。
『ホウー、ホウー、ホウー……』
 賢鳥は鳴き続けている。彼女は黙って自転車を押している、耳を澄ませているらしい。車が、一台、二台、僕達が歩いて行く方向とは逆方向に通り過ぎていった。突然の人工の光が眩しかった。
 そうしていると、木々が途切れて、開けたところに出た。
「ほら、上を見て」
 また、僕は言葉を失った。月はないけど、満天の星空だった。
 千葉の田舎も、光が少ないところだったから、星はよく見えた。でも何だか、そこで見る星とは違う感じがする。
「この辺の山は、空気が澄んでいるんだ。だから、一等星や二等星だけではなくて、肉眼でも、視力が良ければ、肉眼観測の限界の、プラスの六等星まで見えるよ。あ、等星って分かる?」
「高校で地学やったから分かるよ」
 僕達は自転車を停めた。彼女のことだ、双眼鏡や、星座早見表とか持ってきているかな、って思ったけど、別荘にはあるけど、今日は思いつきだから、そういうのはまったく持っていないということだった。
「まずはポラリスを探そう。こぐまの尻尾はどこかな……」
 彼女と天体観測をしたことは、東京でも千葉でもなかった。僕も、星がある程度見えるところで育ったから、それなりに知識はあったけど、彼女は僕以上に詳しかった。
「ああ、あった。あれだね。今日は全部の星が見えてる」
 彼女の右手の人差し指が指さす先に、僕も北極星を見つけた。
「本当だ。近くに北斗七星があったっけ」
「そうそう、あそこにある、もう一回り大きいひしゃくがそう。あ、北斗七星のそれぞれの星の名前は知ってる?」
「いや、そこまでは」


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