だけど、彼女が『紙工作に集中するにはうってつけだ』という環境なのだ。僕もすっかり、この工作の虜、ここで、何か作ってみない訳にはいかない。
「知ってる。でも、僕も何か作りたいな」
「うん、知ってる。そう思って、本を探してきた」
「本?」
 プリントアウトするものじゃなくて? 今まで、そういう提案をしてくることはなかったのだけれど。
 彼女はおもむろに立ち上がって、ベッドの足元に寝かせていた、彼女自身が持ってきたトランクを引っ張ってきた。
「一冊まるごとペーパークラフト、ってやつをね。ちょっと今回は、下の街の訂正が多くて、ここにいる間に、パソコンやプリンターが空かないかもしれなくてね。体調もよかったし、君と離れている間に、新宿と池袋の本屋で見て回ってたんだ」
「え、ネットじゃなくて? 無理しなくていいのに」
 新宿の街には詳しくないけど、あれぐらいの街なら、きっとたくさんの本屋があるだろう。池袋の本屋は、特にジュンク堂の本店には、僕もよくお世話になってるけど、あそこだって広いし……あそこを歩き回ったってこと?
「好きなことなら頑張れるってことよ。ネットにもたくさんあるし、泊まってたところに送ってもらうことだってできたよ、四日もあったらね。だけど、ネットじゃ中身が分からないじゃん」
「あー、確かに」
 ネット書店は確かに便利だし、どうしても店頭にない本をネットで取り寄せることもある。中身を試しに見られるサイトもあるにはあるけど、まったく見られないのはちょっと不便に感じるところもある。
「あ、これだこれ。新宿で見つけられたらよかったんだけど、やっぱり子供向けが多くてね。池袋でやっと、君にも合いそうなものを見つけたのが、これ」
 大きくて分厚い、黒い表紙の本を、しゃがんだまま僕に両手で差し出してくる。僕も、『おとなのペーパークラフト』と表紙に書かれたそれに両手を伸ばすと、ずっしりとした重さに襲われた。
「わ、すごい重さだ」
 左手で背表紙を支えて、右手でページをぱらぱらとめくってみる。
「きっと紙がいいんだよ。難易度としては、今まで印刷してやってきたものと、同じレベルか、もう少し上ぐらいかな」
 内容は、クジラに招き猫、新幹線、押上の電波塔に金閣寺。部品も、少なすぎず、かといって多すぎず、といった感じ。確かに、これぐらいなら僕もやりごたえがありそうだ。
「どうよ?」
 彼女はトランクのファスナーを閉めて、元の位置に戻した。
「いい感じ。あ、ハサミとのりは?」
 僕はその道具を持ってきていなかったけど、この家になら必ずあるだろうと思って聞くと、池袋の西武線の地上出口から出てすぐのところにある、大きなディスカウントストアの、あの独特の黄色い袋をどこからか差し出してきた。中身は、僕が東京の家でいつも使っているハサミとのりだった。
「持ってきたの?」
「そゆこと。あ、どこでやってもいいよ。ベッドでやってもいいし、下でやってもいいし。紙のゴミ入れは、ここに折り溜めたのを置いてるから」
 パソコンの脇に、その紙の箱があって、その中に白い三角屋根が並んでいた。
「自由に使ってもいいんだね」
「うん」
「じゃあ、さっそく一つ」
 僕はその中の一つを取った。それを開くと、いくつもの赤いマルがついていた。なんか、懐かしい雰囲気がする。
「これって……」
 彼女は座ったオレンジの椅子を回しながら、それを左手で一つ、つまみ上げた。
「小学生の頃の切り取り式のドリルだよ。置いてても仕方ないし、かといって、そのまま処分するのももったいなくてさ」
 何点かは見えないが、はねられているところが一つもないところを見ると、多分満点なんだろう。
「でも、よくそんなものをまだ持ってたね」
「捨てられなかったからね。僕の気持ちという意味でも、あの『クソババア』的な意味でもね」
 あ、出た、「クソババア」。でも、表情は変わらない。いや、むしろ楽しそう……?
 と思っていると、手を二回叩いた。
「言い過ぎた。ここではあの婆(ばあ)の話はしないようにしておこう。気にすんな」
 って言われたら気になるんだけどな。でも、椅子をくるっと回して、パソコン画面の方を向いたので、これ以上話す気はないらしい。
 僕は空気を読むことにした。東京にいる時と同じように、ベッドの布団の頭の部分を剥がして、そこに座って、何を作ろうか選び始めた。


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