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「すごいだろ? 子供の頃からずっと、自分でソフトを使って設計して印刷して、切って貼ってした結果だよ」
「そこまでしたんだ。本当にすごいよ、てっきり、東京のと似たような感じだと思っていたから。でも、そもそも何で池袋なのさ」
睦は高校まで千葉育ちのはずだ。埼玉なら池袋は近いだろうけど、千葉から池袋までは距離がある。これが子供の頃から積み上げたものというなら、ちょっと変な気がした。
「一目惚れしたんだよ、この街に。小学校を卒業したとき、伯父さんの友達がいるっていう池袋に、連れて行ってもらったんだ。その時に、僕はこの街に魅力を感じたんだ。人々の熱気と、豊かな文化にね。それから僕は考えついた。頻繁に行けないなら、いっそ自分の側に、その街を置いてしまおうとね。インターネットの写真とか、時々現地に行って研究してね。あ、お触りは禁止だよ、ここは向こうのより精巧に作ってあるから」
「へえ……」
僕は紡ぐべき言葉を失っていた。その作品に圧倒されていた、というのもあるけれど、そこに本当の睦を見た気がしたから。
「それで、これは完成してるの?」
「永遠に完成しないよ。今も池袋の街は変化し続けているし、変化があった部分に関しては、都度変更してる。実際の街が完成しないのと同じように、この『紙の街』も完成しない。今回も、いくつか変更するつもりだしね」
完成しない街、か。現実のそれに合わせて、作品も都度変えていく。彼女らしい考え方だと思った。そうだ、東京の『紙の街』も、ずっと何か追加しつつけているし。
でも、一つ気付いたことがあった。永遠に完成しないとは言うけど、睦はあとどれぐらい生きられるか分からないとも言っている。もし、その時が早く来てしまったら、どうするんだろう。
「そうなんだ。だけど、睦がいなくなったらどうするのさ。僕がやるの?」
すると、彼女は一瞬、動作が止まったかと思ったら、右手を顎に当てた。あれ、考えてなかった?
「そういや、そうだね。考えたことなかったな。うーん……君も池袋のことはよく知っているだろうけど……確かに、僕も君も、いつかは死ぬことになるけど、まだいじっていたいよなあ」
あれ、珍しい。彼女が、前向きに生きる方面の発言をするなんて。いつも、「死に向かっているなら、それに抗うようなことはしない」って態度をとっているのに。
「なら……」
「ちょーっと、考え直すかあ。早く死んでもそうでなくても、未完にはなるけど、そうだよな、死んだら実際の街も見られなくなるし……ま、その話はそこまでにしておいて」
あ、話を逸らした。そうだよね、こんな芸術の前で、そんな話はしたくないよね。僕もしたくないし。
「どうする? もう少し見る?」
「うん、見ていくよ」
ざっと見て、池袋の街をよく再現している、というのは分かったけど、もう少し堪能していたい気分だった。
「りょーかい。じゃあ、僕は上に上がるよ。この街の修正にとりかかる」
階段を一歩ずつ、今度は前向きに上がっていく。パソコンを立ち上げて、また何か作るのだろう。
「あ、ホコリには気をつけてね。終わっても、入り口を開けたままでいいよ」
「ほーい」
彼女がいなくなったのを確認してから、もう一度、双眼鏡を構えた。まず、階段に近い西口方面から。
芸術劇場から公園、カラオケ屋。東武デパートに、タクシー乗り場。あの五叉路の角の丸井デパート、ロサ会館。人が一人、やっと通れる道を通って向こう側に回って、東口。サンシャインに東急ハンズ、アニメイトに、あの交差点。西武デパートがあって、ジュンク堂。
その合間合間の、小さなお店も、手を抜いていない。上空から見ているような形なのに、まるで、本当の街に迷い込んだような錯覚を覚える。
ぐるっと一周して、僕はすっかり満足した。けれど、一つだけ、気になるところがあった。
階段の下に、段ボール箱がいくつも山積みになっている。どこも丁寧に整えた家の中で、何だかそこだけ、調和が乱れて、強烈な違和感を発していた。
何か、大事なものでも入っているのだろう。でも、人の家のものだ、勝手に触る訳にもいかない。それに、上の入り口が開いているし、吹き抜けなので二階からも見えそうだ。気にはなったけど、ここは一旦、退散して上に上がることにした。またきっと、街を修正する時に入れてくれるだろう。
やかんに入ったルイボスティーを、与えられた黒いマグカップに汲んで二階に上がった。部屋に入るなとは言われていないし。
「おー、もういいのか」
彼女はマスクを外して、三百六十度回りそうな椅子に座っていた。僕も自分の口元にマスクをしていたままなのに気付いて、外してポケットに入れた。
パソコンの画面には、立体的な画像が映っていた。これが、ペーパークラフトになるのだろう。
「とりあえずね。また、それをやるときに見せてよ」
「いいよ。あ、作業見てみる?」
「うん。見せて」
画面に映っているのは、3Dモデルを作るためのソフトらしい。それで作ったモデルのファイルを、ペーパークラフトを作るための別のソフトに読み込ませると、見たことがあるようなものが。部品がいくつも生成されていく。
「おー、すごいすごい。自動なんだ」
「ソフト同士にファイルの互換性があってね。さっきの3Dモデルのソフトで作ったファイルをぶち込むと、自動で分解してくれる。これを印刷して組み立てればいい。あ、悪いけどこれは僕の独占事項ね」
あ、やっぱり僕には作らせてくれないのか。そうだよね、流石に僕も、精巧に作られたそこに、まだまだ未熟な自分の手を加える気にはならない。
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