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軽率に「婚約者か?」と聞かれたり、それにどう答えても「山松さんところの末っ子が嫁を連れてきた」と噂を広められそうなのが目に見えているからだ。余命が分からない、結婚もまだ特には考えていない彼女を連れて行って、彼女を傷つけることになりそうで怖い。仮に結婚したとしても、あっさりその時が来てしまったら、それこそ何を言われるか。
じゃあ、置いていくか? お盆なら、最低でも四日は東京を離れることになる。その間に、何か万が一のことが、彼女の身に起きたら、誰が対応するのか。共通の知り合いであるバーの二人も、お盆の時期には帰るので頼れない。彼女を守るために同棲しているのだ、本当にいなければならない時にいないのは裏切りになる。
……ということを、彼女に話すと、真剣に聞いてくれた。が、それから、あっけらかんに笑うのだ。
「じゃあ、僕も近くまで付いて行くよ。君は実家で過ごして、僕は安い宿に泊まる。ビジネスホテルでもいい。その間、SNS以外での接触は一切しない。電話もしない。君の用が済んだら、僕とこっそり合流して、そのまま僕の目的地に行けばいい」
それだけのアイデアが、この短時間でまとまる頭脳に脱帽した。大学卒業の時に、大学院への進学を勧められた人だ。結局、やりたいことがある、と言って蹴ったらしいが。
「……本気?」
「本気だよ。君が僕を心配するのも分かるよ。あっちを取ると、こっちが立つ。それなら、近くで他人のふりして過ごすけど、そこにいるのは確か、というのもいいんじゃないかな。僕もリフレッシュになるしね」
「近くに安いところがあれば、の話じゃないの。でも僕のところ、本当にど田舎だから、リゾートホテルしかないと思うよ」
「無ければ数駅先でもいい。試しに調べてみるよ。実家の最寄り駅は」
内房線のある駅名を告げると、すぐに携帯電話で何かを調べ始める。十分ぐらい、途中でソファに戻って、黙々と調べていたが、それを放り出してしまった。
「一泊一万を切る宿は全部埋まってる」
「でしょ。今は半年前から予約を受け付けてるし、夏は観光客でいっぱいになるし」
「恐ろしいよな、そういうの。さてはて、どうしたものか」
僕も、彼女が調べている間に、一つの手段を考えていた。東京生まれ東京育ち、今も都内で働いている女友達がいるのを思い出していた。
「あの、一つ、提案なんだけど」
「ん? 何か、いい方法でも?」
「僕の知り合いの女の子のところに、ちょっと居候する、というのはどうかな。大学のバイトでの知り合いなんだけど、信用できる人だし」
彼女の手が止まった。ソファの腕を置くスペースに座る。行儀悪いよ、と言おうと思ったが、そんな気は何故か、すぐに消えてしまった。
「ふーむ。年によるかな」
「僕らと同い年だよ」
「それなら、いいかな。でも、一度、顔を合わせたいな。それから決める」
僕はその彼女に連絡を入れた。それから、ぐだぐだ話しながらピザ屋を待って、来てからはゆっくり食べて、僕はその日のうちに、風車小屋を作り上げてしまった。
また、その日の夜には、その彼女から、承諾の返事をもらった。後日、二人で会いに行って、お茶をしたけど、睦は満足したらしい。
そして、八月、それは決行された。
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