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一ヶ月後、僕は一人で暮らしていたアパートを引き払って、睦の家で同棲を始めていた。
大体の家具は、ものの少ない彼女の家に、行きつけのバー『北極星』の五条や赤坂の協力も得て運び込んで、いらないもの―例えば彼女の家にもある電気製品、炊飯器や暖房などは、ネットを使って、近所で探して見つかった引き取り手の人達に渡った。
彼女の体調は、出会った時よりもやや低調気味で、仕事の量もまた減らしてもらっていた。仕事を辞めたらどうか、とも提案してみたが、仕事も楽しいので、できる範囲ではやりたいという。
病院での検査結果も微妙で、本当は入院して治療をしてもよいレベルだったそうだが、彼女は入院を断った。彼女としては、治るかどうか分からない病気で入院して、最悪そのまま病院から出られずに死んでいくよりも、ぎりぎりのその時まで家で暮らして、いざとなった時にはお世話になる、という考え方だそうだ。
僕はそれを否定しなかった。むしろ、彼女らしいと思った。彼女は言う、「まだこの『紙の街』は未完成だ、完成させるまでは死ねない」と。
それは、ただの入院しない言い訳ではない。それこそ、彼女の生きる理由なのだ。入院しても、僕が彼女の作りたいペーパークラフトのキットを印刷して、病院に持って行くことはできるし、彼女は病室でそれを組み立てることもできる。でも、それを『紙の街』に自らの手で組み込むことはできない。
僕は彼女の紙工作に対する態度を一ヶ月半見ていて、それらの過程のうち、彼女にとって一番大事なのは、作ったもの―あるいは街のパーツを、どう配置するかではないか、と思っている。
「ここかな。……いや、違う、この建物と入れ替えようか、じゃあ、人の流れも……」
確かに、作りたいものを探して、印刷して、切って、折って、貼って、組み立てて。一つのパーツを組み立てている間も、彼女は生き生きしている。でもただ、一つそれができたとして、普通の人はそれだけで達成感に満ちあふれるだろうが―最初の頃、動物を中心に組み立てていた僕もそうだが、彼女は、それを自らが創造主となっている街に組み込む時に、最も楽しそうにしているように見えるのだ。自分が先の見えない病気であることも忘れて。まるで、その『紙の街』にパーツを組み込んでこそ、そのパーツが意味を成す、生き始めるとでも考えているようだ。
入院によって、一番楽しみなそこを取り上げられることになるということが、彼女にとって、一番の苦痛だったのかもしれない。
さらに、彼女は僕にも紙工作をすることを勧め、僕もその魅力に気付いているようなところだが、『紙の街』に僕の作った動物達を組み込むことはあっても、僕自身がその行為をすることについては嫌がった。
「そうだね、確かに、君が来てから、この街を創り上げることは、君と僕との共同作業になってるね。でも、『紙の街』に個々の作品を置くことについては、僕が生きている間は、どうしても君に任せる気にはならないんだ。君を信頼していない、というのではないよ。ただ、配置だけは、他者の手を絶対に入れたくないんだ」
パーツを僕が創ることがあっても、街にまでは手を出されたくない。それが彼女の生きがいであり、芸術的持論であるなら、僕はそれを尊重するまでだった。


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