10

「裕樹」
「どしたの」
「膝枕」
「はいはい」
一瞬彼女が起きたところに、僕が座って、また横になって、頭は太ももの上に。顔を僕のお腹の方に向けて、僕の腰を抱きしめてくる。そこは甘えるんだね。
もう特にやることもないので、ベッドに入ったらいいのに、とも思ったが、ここは彼女の好きにさせることにした。
「……疲れた」
「寝ちゃってもいいよ」
「んー……いや、でも、ちょっとこうしてたい」
「うん」
まるで猫みたいだ、あるときは自分でやると言いながら、あるときは僕に甘えて。それが彼女なのか。彼女、なんだな。
「それに、言いたいことがある」
「なあに」
「そうだねえ、同棲しない? ずっと一緒にいて、もっと僕を愛してよ」
「……君って、ほんと」
先を越された。ずっと僕の中でぐるぐる回っていた漢字二文字。たった今、僕もタイミングを見計らって、言おうとしていたのに。くすくすと笑うのが聞こえる。ここは僕の負けだ。負けを認めても、幸せだからいい。黒い髪を撫でると、ますますくっついてきて。
「嫌か?」
「嫌じゃないよ」
「じゃあ、君がこっちに来てよ。こっちの方が広いんだし」
「そのつもり」
「明日、僕がいない間に色々持ってきてもいいよ。まだ空いている引き出しもあるし、そこに服を入れてもいい」
「本当に?」
「本当に。早く持ってきて、早く引き払いなよ」
「そうだね」
向こうの部屋にも、大したものはない。特別大きいものは布団ぐらいか。テーブルは折りたたみ式だし。向こうには僕の自転車がある、それでピストン輸送すればいい。
「それから、僕がいなくなったら、君がずっとここに住めばいい」
声のトーンが変わる。どうしてもその話になるよね。僕達にとっては、どうしても避けられない話であるとは分かっているけれど。
「あんまりそんな話はしないの。多分、ここにいることになるだろうけど」
たしなめるように言うと、またくすくすと笑い出す。
「死後のことについて考えたり、話したりするのは大事だよー? 年寄りだけが考えればいい話題じゃない。気をつけなよ、僕は確かに病人だけど、僕が先に逝くとは決まっていないからね?」
抱いていたのを離して、仰向けになる。満面の笑顔と目が合った。
昨日と同じだ。病気や死ぬことについて、明るい雰囲気で話そうとする。怖くないのかな、病気も、死ぬことも。
「それはそうだけどさ……」
その態度の訳について、聞いてみるべきか、否か。聞いた方がいい、か。そうだ、彼女は繰り返し言っている、感情を隠すな、全部伝えろ、と。
「ねえ、一つ聞いていい?」
「なにさ」
「どうして、そんな暗い話題を明るく話せるのかな、って」
「不謹慎に聞こえるかい」
「いや、そういうのじゃ、ないけど。何だか、気になって」
「そうねえ……」
まだ笑顔を絶やさない。楽しそうだ。しかし、少し考えた後には、しまりのある表情になって。
「人間ってさ、どんなに栄華を誇っても、死ぬときって、すっごくあっけないんだよ。紙で作ったものが、簡単に破壊できるのと同じレベルでね。僕は田舎生まれだけど、地元の有力者だったお父さんは脳梗塞で、別荘持ちの伯父さんは末期がんで、医療の手を借りても長くなかったし、クソババアは事故で即死。みーんな、事があってからすぐコロリだ。一番最初に死んだクソババアが特にそうだったから、その後に亡くなったお父さんや伯父さんの死そのものも、同じように捉えてしまう。パパとおじさんはいい人だったからね、いなくなったこと自体はもちろん悲しいし、寂しいけれど、僕の中では、事実と感情が分離してしまっているんだ」
これは、きっと本心中の本心だろう。そういう風に聞こえる。目にあまり感情がない。本心のすべてをさらけ出そうとすると、逆に無感情に近くなるんだ。
それに、普段人を決してけなさない彼女が、『クソババア』と、誰かは知らないが、堂々とその人をののしっているように言ったのが気になった。もしかすると、母親か。何かあったのか、恨んでいるのか。
「だから、僕は死ぬことに対して、基本的に『死ぬ』という事実だけで捉えようとしてしまうんだよ。自分の死に対してもね。『死ぬ』という事柄自体に、悲しみや恐怖を覚えない。そこに特別な相手が存在する時に、事実とは別に感情が芽生えるだけなんだ。『明るく話しているように見える』っていうのは、マイナスに話していないからそう見えるだけじゃないかな。でも、あくまでも僕がそう思うだけであって、もし僕が君より先に逝くようなことがあれば、君は思いきり泣いていいし、感情をさらけだしていい。あくまでも僕の捉え方だから」
歪んでいる。思考回路が普通でない。素直にそう思ったが、さすがにこればかりは口には出せなかった。言ったらこの関係がおしまいだ。彼女は、僕はすべてを受け止めてくれる存在である、とみなして、ここまではっきり言っているのだろうから。
でも、これではっきりしたことがある。その核心には触れてはいないが、『クソババア』と評する誰かと、過去に何かがあって、思考回路が歪められた可能性は高い、ということが。
「ああ、僕がこういう考え方をしているっていうのは、誰にも言うなよ?」
「言わないって」
ほんの少し、彼女の口角が上がったように見えた。僕は目を伏せた。君の話を受け入れた、という意思表示のつもりで微笑んでみたが、彼女の目にはどう映っただろうか。


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