「ただいま」
「おかえり」
ああほら、彼女がそう言って迎えてくれるだけで、心が満たされる自分がいる。台所で、彼女はお湯を沸かしていた。ハンバーグを茹でるためのものだろう。
「あれ、何でそんなに買ってきたのさ」
「今夜の分と、明日の朝の分と、明日の昼の分。睦、明日仕事でしょ? 弁当作るから、持って行きなよ。ちゃんと食べてほしいから」
不思議と、その台詞はすらすらと出てきた。自分でも饒舌すぎやしないかと、ちょっと不安になる。
「もう、君って人は……」
目を合わせてくれなくなる。照れてるね、うん、照れてる。それでもちゃんと買い物袋を受け取ったのなら、承諾ととっていいのだろう。
「逆じゃないの、世間的には」
「別にいいでしょ、僕、そういうのにとらわれたくなくて」
「まあ、僕も、それでも構わないけどさ。君の方が料理は上手なんだし」
そう言いながら、フライパンと油を出してくれた。野菜炒めキットの封を切って、フライパンをコンロに乗せて着火、油をひいて。温まったら、野菜を入れて、砂糖と塩で味を整えつつ炒めて。
彼女は隣で、二人分のハンバーグを沸騰したお湯に入れる。言われて炊飯器のスイッチを入れた。普段あまり使わないらしいが、友達から譲り受けたものらしい。
「じゃあ、5分経ったら止めて蓋をしてよ。僕、先にお風呂に入ってくる」
「うん」
野菜炒めは、このままお皿に入れても良かったが、できればこの野菜も、ハンバーグと同じように温かいものを食べたいものだ(彼女がハンバーグを出さないように言ったのもそのためだと解釈した)。調理用具のある流しの下を探してみると、フライパンの蓋を見つけたので被せておく。食べる前に、少し火を通せばちょうどいいだろう。
ハンバーグも時間が来たので火を止める。しまった、彼女がお風呂に入る前に、弁当箱があるかどうかを聞いておけばよかった。この時間に取りに行くのに。流石に入浴中の女の子に話しかけるのは気が引ける。ついでに、これでは今晩も僕はここに泊まるルートだ、明日の弁当を作るのなら。下着の替えも持って来なければ。
彼女はお風呂はゆっくり入る方だ。もういいや、書き置きして、弁当箱と着替えを取りに行こう。
ふと、寝室に置いたままの紙の猫と目があった。これ、どうしようか。もしあの漢字二文字を実行するなら、ここに置いたままでもいいけれど。とりあえず、これはそのままで。

「あれ、どこかに行ってたの」
帰ってくると、ちょうど風呂場から出た彼女と目が合った。髪はもう乾かしてあった。
「着替えと、弁当箱を取りに行ってた」
「ああ、なあんだ」
「弁当箱、持ってるならそれを使うけど」
「いや、ない。わざわざありがとう。君も先にお風呂に入りなよ、まだごはん炊けてないだろうし」
「じゃあ」
ぬるめのお湯は、初夏に慣れてきた身体にはちょうど良かった。今日もまた、彼女と同じシャンプーやリンス、ボディーソープの香りに包まれる。やっぱりまだどぎまぎするけれど、その緊張感も、幸せの一部なのだと自分に言い聞かせて納得させる。
お風呂を出ると、ちょうど7時半だった。彼女が既に、二人分の白ごはんと、おかずをよそってあった。これぐらいはできるんだ。
「お待たせ」
「食べようか」
先にソファに座っていた彼女と、横に並んで。テレビは今日は休肝日、アルコールはなしで。お茶で乾杯して、まず僕の作った野菜炒めに手をつける。うん、ちょうどいい。
「明日、何時に家を出るの」
「明日は……9時ぐらいかな」
彼女が後ろにかけてあったカレンダーを見た。予定があちこちに書き込まれている。
「そんなにゆっくりでいいの」
「昔は早いときは7時に出勤してたけどね。5時に起きて、一応女だからメイクもしないといけないし、それから6時に朝ごはんを食べて。メイク大嫌いなんだけどね……。まあ、病気してから、無理がきかなくなってね。上司に許可もらって、ラッシュを避けてゆっくり行くことにしたんだよ。元々人混みが苦手で、満員電車だと気持ち悪くなりやすいんだけど。まだホワイト企業でよかったよ」
「それはよかったね。なら、それに合わせて弁当も作るよ」
「ゆっくりでいいよ。朝ごはんは8時ぐらいで」
「分かったよ」
「飲み会も断って帰るよ。ていうか、君と付き合いだしてから、一度しか行ってないし」
「え、いいの、それ」
「正直嫌なんだよ。飲みニケーションって、めんどくさくないかい?」
「確かに」
僕は元々、あまり仕事仲間と飲みに行かない。自分で料理ができるから、時間があれば自分で作ってしまうし、なければ牛丼屋か駅ナカの立ち食いそば屋にでも入ればいい。それから、ふらっとあの店に寄って帰って。
僕も彼女も、量を食べるタイプではなかった。白ごはんとハンバーグと野菜炒めでお腹いっぱいだ。食器を洗って片付けて。彼女はちょっと疲れたらしく、薬を飲んでからソファに横たわった。


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