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この時代に来た僕たちは、別の名前を持つことにした。
「魔法使い兼暗殺者」、通称「マジカルヒットマン」ということを隠すためである。
例えば、僕、ゲールは「井上元気」、姉ちゃん、ユーミンは「井上優子」という風に。
こうして本名を隠したまま、僕らは生きてきた。



Little † Dandy  第1章 少年時代           
             


4月2日。
桜は既に満開。
鳥のさえずりも聞こえる。
ごくごく普通の朝を迎えた……はずだった。
「もう朝か……って、姉ちゃん?」
ベットから起き上がった元気がまず見たものは、彼の椅子に座って、彼の机に突っ伏せて寝ている姉だった。
その横には、電源が付いたままのパソコン。
ーーそっか、そういえば。


「ブラッディ・ローズ」のメンバーには、月に1〜2回、マジカルヒットマンとしての任務が入る。
任務の内容は、暗殺はもちろん、魔法協会の敵対グループの殲滅、同盟グループとの会合などである。
井上姉弟は、昨日、敵対グループの殲滅という任務が入っていた。
任務を終えた後には、それの報告書を書いて、協会のボスにメールで送ることになっている。
今回の場合、元気が書くつもりだったが、任務で手に怪我をしてしまい、キーボードが打てないということで、優子が書くことになったのである。

ところが、元気なら30分程で終わるはずが、優子の場合はあまり慣れてないせいか、1時間もかかったのである。
午後10時から作業を始めたが、元気は終わるまで待ちきれず、先に寝てしまったのだった。


ーーやっぱり姉ちゃんに事務作業は向いてないか……。
彼は困った表情で頭を掻いた。
優子は起きる気配がない。
彼は優子を起こすかどうか迷ったが、9時を指している時計の針を見て、「あっ」と小さく呟いた。
ーー姉ちゃん、今日9時半からあいつ等と映画見に行くって言ってたっけ。
ならまだ起きてないのはまずい、と彼は思い、優子の肩をたたいた。
「おい、姉ちゃん、もう9時だけど」

「ええっ!?」

優子は飛び起き、二人が居る二階から一気に一階まで駆け下り、慌てて靴を履き始めた。
「待て、朝ごはんは?」
「飯は向こうで食べる。夕方まで帰らないから、昼は自分で作って食べてくれ。あと、昨日の報告書送り方が分からんけん送っといて。じゃ」
彼女は早口で用件を伝え、鞄を持って出て行った。

「……ったく、好き勝手言いやがって……。まあ、手は怪我してて料理作れないから弁当でも買うか。報告書の送り方も教えたはずだったのに……」
元気はまた、困った表情で頭を掻いた。

                   ◆ 

パソコンの前に座った元気は、慣れた手つきで操作し、メールを魔法協会本部に送った。
すると、協会から確認の返信が来た。

「報告書は受け取りました。お疲れ様。」

ここまではいつもの返信である。
ところが今日は違った。
確認文の後に、何か書いてあった。

「時間があれば、本部に来てください。お話したい事があります。」

ーーメールで呼び出し? 何かあったのだろうか。

そして文の最後は、差出人の名前で締めくくられていた。

「魔法協会ボス マリノ」

ボスからの指示は絶対である。
彼はパソコンの電源を消して立ち上がると、一階にある大きな扉の前に向かった。

                       ◆


魔法協会本部は、イタリアのローマにある。
外から入る扉はなく、「魔法の扉」を使わないと入れないような仕組みになっている。
その「魔法の扉」は、世界中に存在するが、魔法使いにしか見ることが出来ず、使う事も出来ない。
そのうちの一つが、元気と優子の家にあるのだ。

元気は扉の前に来ると、目を閉じた。
ーー魔力、開放。
そう彼が心の中で唱えると、普段は封印されている彼の魔力が解放され、着ていたパジャマが立派な灰色のスーツに変わった。

そして目を明けると、彼は扉を開いた。

                    ◆



「待たせたな」

元気の双子の姉、井上優子(本名、ユーミン・ミルトリー)は、街中にある映画館の前に立っていた、3人の少年に声をかけた。

「珍しいな。優ちゃんが遅刻するなんて」
そう言ったのは、3人の中で一番背の高い、遠藤真樹(リッキー・ミルトリー)。
「ああ。昨日任務が入ってね、今日は寝坊した」
「朝飯は?」
「食べてない。誰かお菓子でも持ってないか?」
「俺、チョコなら持ってるけど」
そう言ってポケットから小さなチョコレートを出したのは、天然パーマが特徴の柴田渉(ローリー・ミルトリー)。
優子はそれを受け取り、口に放り込んだ。
「ありがと。ところで、チケットは?」
「まだ買ってない。もし誰かが急に来れなくなったら、買った分が無駄になるからね」
真樹が答えた。
「でも全員そろったことだし、さっさとチケット買って席とろう。この映画人気あるから、早くしないと座れないぞ」
渉が急かすように言うと、一行は早足で歩きはじめた。


が、一人だけ歩こうとしない少年がいた。
背が低く、ハスキーボイスで話す坂口阜(サム・ミルトリー)だ。

「阜、どうしたんだ?」
優子が心配そうに聞く。


「……誰か来る」


阜がそう呟くと、背後から声がかかった。


「最近、この辺りで俺たちの仲間をシメてるのはお前らか」


そこに立っていたのは、この街でよく騒ぎを起こしている不良グループだった。
優子達(正確には元気達)は、彼らが騒ぎを起こすたびに、それをシメていた。
彼らは優子達が自分達をシメていることに、気がついたのだろう。
グループ内でも喧嘩の強い人ばかり集めて、挑戦を求めて来たのだ。

「まあね。でもお前ら、僕達に勝ったことあるか?」
優子が見下すように言う。
「……ねぇよ。でも今までのは下っ端で、今日は強い奴ばかりだからな。もっとも、お前らのほうは一人足りないようだけど」

一人。
優子達のボス、元気だ。
だが彼がいなくても、実力は十分である。

「一人ぐらいいなくても、こっちは問題ない。それでもやるのか?」
再び優子が言う。
「やるに決まってんだろーが」

その発言に優子達は顔を見合わせ、にやり、と笑った。

「なら勝負しよう。但し、負けても知らないよ」

そして再び顔を見合わせ、そして4人で唱えた。


ーー魔力、開放。    
    
       ◆

扉を開いたそこは、真っ暗だった。
それもそのはず、日本と違って、イタリアはまだ真夜中。
彼は、何も入っていないはずのポケットから出した懐中電灯で床を照らしながら、ボスの部屋へと向かった。


コンコン、と彼は部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
中から人の声がした。
ボスは在室のようだ。
「お邪魔します」
丁寧にお辞儀をして、彼は部屋に入った。
「久しぶりだな、ゲール」
ゲールーー本名を呼ばれた彼は、少し微笑み、言った。
「こちらこそお久しぶりです、ボス。任務の後、しかも真夜中の呼び出しとは珍しいですね」
「確かにそうだな。でもこの話は真夜中でないといけない。なにしろこれは極秘なんでね」
「極秘?それほど重要なのですか?」
「ああ。君達には任務の直後で申し訳ないが、

 『壷の国』に行ってもらいたい」

壷の国。
その言葉を聞いた彼は、少し動揺した。
「『壷の国』って、普通の壷に手を突っ込んだら連れて行かれる国で、一度行ったら二度と帰れなくなるといわれているところですよね。既に世界で300人以上消えているとか」
「お、よく知っているじゃないか。次の任務は、その国を支配している王を倒し、連れて行かれた人々を連れ帰すことだ。出発は一週間後」
「ちょっと待て」
彼は、任務の話をしているボスに待ったをかけた。
「それ、5人で行くのか?」
「もちろんだ。他に任せられる部隊がいないんでね」
魔法協会は、一隊20人ほどの部隊を10隊もっている。
それとは別に設けられたのが、ゲールをボスとする特殊暗殺部隊「ブラッティ・ローズ」である。
そのメンバーは、ゲール、ユーミン、リッキー、ローリー、サム。
いずれも、ユーミンが起こしたタイムトラベルによって中世からこの時代に来た者である。
無論、元々魔法協会にあった部隊とは格が違う。

「そうですか……。でも出発日に全員がコンディションが整っているか心配です。僕自身も昨日の任務で怪我してますし、それに、」

プルルルルル。

彼が何か言いかけたところで、彼の携帯電話が鳴った。
ポケットからそれを出し、通話ボタンを押す。
相手はユーミンだった。
「もしもし。どうした」
『例の不良と喧嘩した。それで皆怪我したんだが、このまま映画見る訳にはいかないから、映画館から一番近い僕らの家に入れていいか?』
「……しょうがないなあ。でもいいよ」
彼は呆れた声で言った。
『じゃあそうさせてもらうよ。じゃあな』
「ああ」
彼はそう言うと、電話を切った。



「他の奴も普段から暴れているんでね」

           ◆

そこは一瞬にして、戦場となった。
私服を着ていた4人は、魔力解放によってスーツ姿に変わり、ユーミンはナイフを、リッキーは剣を、ローリーは銃を、それぞれ両手に持った。
しかし、サムは何も持っていない。
彼に武器は必要ないのだ。

ユーミンは、全員の準備ができたことを確認し、唱えた。
「公園へ移動!」
瞬間、4人と不良グループは、公園へ移動した。
なるべく人の目を避けるためである。
「!!」
彼らの混乱を他所に、彼女は指示を出した。
「サム、いつもの」
「分かってるよ」
そう言うと、サムは何かを唱えた。
すると、不良グループの居た空間は、黒に染まった。
「! 何が起きた!」
「知るか!!」
彼らはパニックに陥った。

「やっぱり引っかかったね」

どこからか、声が聞こえ、誰かが現れた。

「誰だ!!」
「俺だよ、俺」
現れたのは、サムだった。
「おい、この空間はどうなっているんだ!」
グループの一人が大声で質問する。
「ああ、この空間ね。本当は、俺達は公園に移動しただけで、他には何も変わってないんだ。でも君達には何故黒く見えるか。それは、」
彼は少し間を置き、そしてシニカルな笑みを浮かべ、言った。

「この空間が、俺の創った仮想空間だから。つまり君達が見ているのは、幻覚だ」

そう、彼は幻術を使って戦うのだ。

そしてそれを言い終えた瞬間、武器を持った3人が仮想空間に現れた。
「おい、あいつ等も幻覚か?」
「……さあな」

3人は、不良グループに突っ込んだ。


それは、あっという間だった。
サムの幻覚と、武器を持った3人の余りに速すぎる攻撃に、不良グループは撃沈。
多少の反撃はしたが、ほとんど意味がなかった。
「魔力、封印」
4人は元の私服姿に戻ると、ほとんど意識を失い、血を流している彼らを見た。
すると、彼らの中で辛うじて意識のある者が、4人に尋ねてきた。
「お前ら、一体何者だ……」
4人は顔を見合わせ、そして真樹が代表して答えた。
「君達、魔法協会を知ってるか?」
「聞いたことねぇな」
「じゃあ、ミルトリーファミリーなら分かるか?」
「!! それって、イタリアの一流マフィアじゃ……」
「そういうこと。つまり君達とは、格の違いがありすぎるんだ。じゃ」


魔法協会。
一見平和な組織に見えるが、これは表向きの名前。
本当の名は、ミルトリーファミリー。
イタリアに本部を置く、魔法専門の一流マフィア。
「ブラッディ・ローズ」は、そこの直属の暗殺組織なのだ。


「……で、俺達どうするんだ?皆怪我してるから、このまま映画を見るのは無理だと思うけど」
渉が困った顔で言う。
彼の言う通り、4人はそこかしこに怪我をしていた。
「それもそうだな。でも阜は幻術しか使ってないのに何で怪我してんだ?」
真樹が同意したが、同時に疑問を投げかけた。
その疑問に、優子と阜が顔を見合わせ、阜が苦笑いで答える。
「優子が投げたナイフが変なとこ飛んでいって、気づいたら俺に当たってた」
「まあ僕にも失敗はある。それと、映画は取り止めだ。僕の家が近くにあるから、入っていいか元気に聞いてみるよ」
優子は携帯をポケットから取り出し、連絡をとった。

『もしもし。どうした』
「例の不良と喧嘩した。それで皆怪我したんだが、このまま映画見る訳にはいかないから、今いるところから一番近い僕らの家に入れていいか?」
『……しょうがないなあ。でもいいよ』
元気の呆れた声が聞こえた。
「じゃあそうさせてもらうよ。じゃあな」
『ああ』


「いいってよ。行くぞ」


一般人から見れば、とんでもない風景だろう。
でも彼らにとっては、これが平凡な日常なのである。

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