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                     ◆

午前七時 そこそこ有名な某ホテル

「二人とも起きてくれ! あと三十分で朝ご飯の時間だ」
「ええー、もうそんな時間?」
「そんな時間だ、メリアーノ。トレモロ、悪いけどジャックを起こしてくれ」
「はい。――ジャック、もう起きる時間ですよ」
「……へ? もう七時?」
ジャック一行は、保護者二人よりも子供(?)二人の方がしっかりしているという状態に陥っていた。
日本を詳しく知るのがサファイアだけ、というのもあったが、昨日の夜、ジャックとメリアーノが夕食後に部屋で飲んで酔いつぶれてしまったのだ。
――あれだけ「仕事じゃないからって飲み過ぎるなよ」って言ったのに。
二人とも顔色はいいので、二日酔いではないらしい。
「あれ、空き缶片付けてくれたの?」
「とっくに。ほら、早く。俺とトレモロはもう支度出来てるぞ」
「分かった分かった。――ジャック、先に顔洗っていいよ」
「おう」
まだ目が覚めていないジャックは、洗面所への入り口でつまづきそうになった。

                   ◆

午前八時 某有名ホテル

「日本食って、結構あっさりしてるわね」
「だから『日本食って健康的』って言われるんだ」
「そうらしいわね。カロリーも低そう」
「昨日の『刺身』も美味しかったけど、これはこれでいいね」
ホテルの最上階からの贅沢な眺めをおかずに、情報屋組は初めての味を口にしていた。
昨日の出来事や今日の予定についての話が、自然と交わされる。

双方ともある程度食べ終えたところで、ブランシュが声のトーンを低くする。
「ところで、ばあちゃん」
「何だい?」
「やっぱり、三つのグループともこっちに来てるの?」
「――ええ、間違いないわ。これまでの情報を見てみると、『黒』は特別部隊総出で、しかも保護者付き。『白』は全員いる。『赤』はボスとその補佐が来ている。でも『赤』はもう一人うろうろしているみたい」
「もう一人?」
「ラスベガス支部長よ。あの人、根っからの旅好きなんだけど、こそこそせずにきちんとした手続き踏んで移動するからすぐ足が付くの。彼らしいと言えば彼らしいけど……」

残っていた料理を全て平らげた後、二人はエレベーターで客室階まで戻り、自分の客室に戻ろうと廊下を歩いていた。
と、その時、廊下の一番奥、向かって右側のドアが開き、一人の男が二人の方に向かってきた。
男はキャスケット帽を被り、メガネを掛け、さらに首に灰色のスカーフをしていた。
彼は二人とすれ違おうとした時、ふと足を止めた。
「おはようございます、レベッカ様」
英語で名を呼ばれた女性も立ち止まり、それに気付いたブランシュも数歩先で歩みを止め、ほぼ同身長の男と女性の方を見る。
「あら、おはよう。あなたも東京に来ていたのですね」
「ええ。――私が誰か、その様子ではお分かりのようですね」
男も女性も、視線はそれぞれの進行方向を向いたままだ。
「もちろん。傷は隠せても、声は誤魔化せませんからね」
双方の声に感情はない。
「それは重々承知しております。承知した上で、この格好をしているのです。――この場所では」
「上二人のことを知ってのことですか」

――仕事上の人間か。
ブランシュはやや緊迫した雰囲気を感じ取り、この事態を傍観することを決め込んだ。

「当然です。―― 一つ、お言葉ですが」
「何でしょうか」
周りに三人以外の人はいない。
そのことを改めて確認して、男は言葉に少しだけ感情を滲ませる。
「あまり騒ぎを大きくしないでもらえますか」
「……何のことでしょうか」
女性は尚も感情を隠そうとするが、思わぬ言葉の前に、一瞬詰まる。
「あなたが企んでいること、全て『あの子』から聞きました」
「……会ったのですか?」
「二日前に。今日と似たような変装をしていましたけど、声を発さないうちに見破られてしましまして。『何か悪い予感はしないか』と聞いたら、全部話してくれましたよ。噂には聞いていましたけど、確かにあの子は『異能の中の異能』ですね」
「……あいつ、余計なことを」
女性の声に怒りが混じる。
「自分の血が入った孫をあいつ呼ばわりとは、実にお恥ずかしい。まあ、分かってるとは思いますが、」
男は話し始めてから初めて、右足を一歩、前へと踏み出した。
「二日後に、『あの子』は間違いなくあの場所に来ますよ。そしてこうも言ってました、『あなたを殺してしまうかもしれません』と」
「!!」
「ああ、あと、『あの子』からブランシュくんに伝言」
「……おれに?」
突然名前を呼ばれたブランシュは、驚きで反応がやや遅れる。

「そう。『       』、ってね」

男は、英語でも日本語でも、ましてや彼らの母国語であるイタリア語でもない言葉で、そのメッセージを伝えた。
「……どうして、そのことを」
「では、私も空腹なので、この辺で」
あの子が、と女性が言い切る前に、男はすたすたと早足で歩き去る。
女性は男を追いかけて捕まえようとしたが、他の宿泊客が部屋から出て来るのが見えたのでそれは叶わなかった。

男と客が二人の視界から消えた後、先に口を開いたのはブランシュだった。
「ばあちゃん」
「……何?」
「おれに、おと」
言葉の続きは、瞬時にブランシュに抱きついたレベッカによって止められた。
「ごめんね、ちょっとだけ、おとなしくしていなさい」
「……え?」
突然の行為に混乱した隙に、レベッカはブランシュの首に爪を立てた。
「痛い! ちょっと、ばあちゃん、なに、して――」
彼の身体から、力が抜け、意識が飛んだ。

                        ◆

午前十時 渋谷

『ブラロー』一行は、くじ引きで二手に分かれて自由行動をしていた。
そのうち、優子・渉・阜・梨花・俊の班は、渋谷の某百貨店に来ていた。
「色々な店があるんだな」
「一日いても飽きなさそう」
梨花が持ってきたパンフレットを覗き込んで、盛り上がっていた子供たちの気持ちがさらに高揚する。
「よし、じゃあ、十二時まで好きに見て回って。十二時になったら、六階のこっちのエレベーターの前に集合。それでいい?」
リーダー役を任された優子が、パンフレット上の地図を見ながら指示を出す。
「OK!」
全員がそれに同意し、優子は雑貨の階へ、梨花はファッションのフロアーへ、そして男三人は地下の食べ物フロアーへと散っていった。

                           ◆

午前十一時 池袋

「メリ、このエイ背景にして俺の写真撮ってや」
「はいはい」
「……ジャックってやっぱり子供みたい」
「あれが本当のジャック・ベノラなんじゃない? 多分」
ジャック一行は、某有名ビルの屋上にある水族館に来ていた。
メリアーノがカメラ係を務め、他の三人もそれぞれ海の生物達に見入っていた。
ジャックは昨日傷をちらちらと見られたことが気になったらしく、また「子供に傷を怖がられて騒がれたくない」という理由で、右腕に包帯を巻いていた。
魔法でも隠せるが、一日中ずっと魔法を使っていると身体に負担がかかる。
「それにしても子供が多いね」
「今は子供も大人も夏休みだからな。しかし、メリは大変だね。でかい子供に振り回されて」
「……メリは何だかんだ言ってジャックに甘いね」
「すんごい甘い。まあ、過去に何かあったのだろうけど」
その詳細を、サファイアはあえて今まで聞いたことがない。

一通り回り、館内のレストランで昼食を摂ったところで、館内にアナウンスの開始音が響き渡った。
『本日は、XX水族館にご来館いただき、誠にありがとうございます。この後、午後1時より……』
それはアシカショーのお知らせだった。
「よし、見に行くぞ」
アナウンスが鳴り終わらないうちに、ジャックが目を輝かせて立ち上がる。
「言うと思った! ――いいよ、行こう」
メリアーノがやれやれというように腰を上げると、大きい子供は嬉々としてついて行く。
その様子に、トレモロとサファイアは二人に生暖かい視線を向けた。
「僕、あの二人、もう親子でいいと思う」
「俺も同じこと思った」

                          ◆

午後一時 巣鴨

おばちゃん達で賑わう商店街を抜けてきたカバレロとカトゥーナは、駅の近くでお好み焼きを食べていた。
カトゥーナが何故かおばちゃんにモテて、話し込んでいるといつの間にか正午を過ぎてしまっていた。
「しかし、このあたりのおばちゃん達は元気だな」
「彼女達にとっては原宿みたいなところだからね」
「ハラジュク?」
「若者のファッション街だよ」
海老の入ったお好み焼きを飲み込み、お茶を喉に通してカトゥーナは言う。
「よく調べてんな」
「当然だ。ちょっとした情報も仕入れてからうろうろする方が面白いだろ?」
「確かに」
外はだんだん暗くなってきた。一雨来そうな雲行きである。
「そういえば、カトゥーナ、お前は午後どうするんだ」
午後、二人は各自一人で自由に動き回る予定にしていた。
「もう少しこの辺りを回ってから池袋に行こうと思う。個人的に行きたい店もあったし。カバレロは?」
「俺は直接池袋に行くつもりだ。サンシャイン通りと言ったかな、あの辺見てくる」
「迷子になるなよ。あそこ人多いから」
「分かってる」


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