35

サファイアを乗せたタクシーは、数ある駅の出入り口の中でも、最も人通りの少ないところのすぐ近くに停まった。
「Grazie. 本当にありがとう。これは謝礼だ。好きに使ってくれ」
彼はタクシーの運転手に、何枚かのお札を手渡した。
運転手はその額に驚く。
「礼なんていいよ。しかもこんな金額、受け取れない」
「いいから受け取っとけ。俺の心からの感謝の気持ちだ」
「……分かった」
それをしぶしぶしまったのを確認すると、サファイアはタクシーを降りた。
「じゃあな」
「……ああ。元気でな」
彼が駅に入ったのを見届けると、タクシーは市街地の車の群れの中へ消えて行った。


しかし、その様子をばっちり見ていたルビーファミリーの幹部がいた。
メロナだ。
――降りた場所は予想通り。
彼はサファイアの後を尾行する。
服装は怪しまれないように、黒スーツではなく私服に着替えていた。

だが、平日にも関わらず駅は人でごった返していた。
トランクを引きずっている旅行客も多い。
そんな悪条件の中でも、彼は標的を見失わないように慎重に尾行を続けた。
――問題はどこで捕まえるかだな。
大勢の人の中、大胆な行動は目立つので許されない。
――改札の直前で、後ろから羽交い絞めにしようか。
そう考えているうちに、標的は改札の手前まで到達していた。
けれど混雑しているため、なかなか先に進むことが出来ない。
――チャンス到来。
彼は徐々に相手との距離を詰めていく。
――よし、もう少しだ。
改札の列に標的―サファイアが並んだが、後ろに並ぶ人はいない。
そこに気づかれないように、乗客のフリをして並んだ。
――いける!
そう思い、サファイアに手を伸ばした。

その瞬間だった。
「あ、すいません!」
誰かがそう言ったのに続いて、何かがメロナの後頭部を直撃した。
「っ!?」
彼はあまりの痛みに悶絶する。
「大丈夫ですか!?」
周りは騒然となり、人々は彼に近寄る。
サファイアも近寄ろうとしたが、一人の少年によって止められた。
「お前は止めとけ」
「でも、」
「こいつはルビーだ」
「!?」
少年の言葉に、彼は驚愕する。
「こいつはルビーのメロナだ。お前、こいつやその仲間に追われていたんだろ?」
「……何でそれを」
「知っているかって? それはちょっと教えられない。まあ、こいつは僕達が処理しておくから、安心して逃げてよ。僕達のことは忘れていいから」
「……Si.」
サファイアは不服そうな返事をした。
「それでいい」
少年は彼にそう言って微笑を浮かべた後、彼から離れた。
「……」
彼は少年の進んだ方向を見た。
そこでは、少年と同い年ぐらいの少女が、肩に気絶したメロナを乗せていた。
「お、そっちも済んだか」
「終わった。で、本当にそれを引きずって車まで行くの?」
「それ以外にないだろ。人前じゃ魔法も使えないし」
――魔法?
小声で言ったが聞こえてしまったそのキーワードに、サファイアは疑問を覚える。
けれど二人はそれに全く気づいていない。
「あ、そうか。じゃあ、このまま行くか」
「おう」
二人は歩き出した。
「重くないか?」
「大丈夫。抱っこしている訳じゃないし」
やがて、二人と引きずられた大人一人は雑踏の中に姿を消した。

その様子を最後まで見送った後、列車の発車時刻が迫っていたので、サファイアは急いで改札をくぐり、既にホームに停車していた列車に乗り込んだ。
席についた後、彼はこの数分間に起こった出来事を振り返った。
少女が言った言葉について、ふと持った疑問についても考えた。
――二人とも、ルビーでは見たことがないな。
――なら、ルビーではない魔法使い、か。
――まさか。
色々考えた末、彼は一つの結論に辿り着いた。
「俺、ミルトリーに助けられちゃった……?」

まもなく列車は発車した。
しかし、彼は結局気づくことはなかった。

少年と少女が、案外身近にいる人物だということに。


                           ◆


「ボス、無事に連れて帰ってきました」
少年と少女は、とある車の運転席の男に話し掛けた。
「お、よくやったな。二人ともご苦労さん」
「で、どうするんです、こいつ」
気絶したままの大人―メロナは、いつの間にか少女ではなく少年に引きずられていた。
少女―ユーミンがそれを指差して言う。
そして、ボスと呼ばれた男にしか聞こえない声で付け足した。
「……実はこいつ、ミックスのニオイがするんですが」
「ああ、それは私も感じた。取り敢えず連れて帰るか。ユーミン、麻酔魔法はかけてるよな」
「もちろん」
「ならいい」
ボスは運転席から車のトランクを開けた。
「ゲール、それトランクに入れろ。連れて帰るぞ」
「ええ!?」
少年―ゲールだけでなく、車に乗っていた他の少年少女も驚きの声を上げる。
「この人、敵ですよ!」
「でもルビーの幹部という男だ。上手く説得すれば戦力になるかもしれない」
「……分かりました」
ゲールは男をトランクに入れて閉め、ユーミンと共に車に乗った。


                          ◆


ルビーファミリーの会議室では、残った人が情報収集にあたり、ボス・カバレロにそれを逐一報告していた。
「何? 連絡が取れない奴がいるって?」
「はい。捜索に行っている幹部三名中、二人と連絡がつきません。その他の部下などは皆無事なのですが」
「誰と誰だ」
「カトゥーナとメロナです。ルチフェルは大丈夫です」
「そうか……困ったな。何やってんだ。というよりサファイアは?」

ルビーファミリーは混乱していた。
最初は目撃や追跡情報が次々と入ってきていたが、その後見失ってしまったという報告が増え、しまいには幹部が事実上の行方不明となってしまった。

「ルチフェルが○○通りで見かけたというのが最後です。それ以降彼に関する情報は全く入ってきていません」
「それはどれくらい前だ」
「十分前です」
「十分か……確か、車に乗っていたんだって?」
「はい。彼によると、サファイアはタクシーらしき車に乗って○○通りを猛スピードで走り抜けていったそうです」
「タクシーか、用意周到だな。○○通りをどっちに逃げたかは分かるか?」
「そこまでは……」
報告していた一人が言葉に詰まると、別の一人がボスに言った。
「ボス、ルチフェルは方向音痴ですよ」
「……は? 本当か?」
「本当です。この前一緒に彼お勧めのバーに行ってきたんですが、行きも帰りも迷いまして」
「初耳だぞそれ! 戦闘力高いのに……」
呆れるカバレロに、その人は何かを思い出したように付け加えた。
「あ、そういえば、カトゥーナも相当の方向音痴ですよ」
「はあ?」
カバレロは先程以上に呆れる。
「でも本当なんです。彼とルチフェルの仲が非常に悪いのはご存知ですよね?」
「ああ。会えば必ずといっていいほど喧嘩するし、私も止めたことが何度かある。けど、二年ぐらい前からさらにひどくなったな」
「なら、仲が悪い理由はご存知ですか?」
「いや。というよりそれと方向音痴が何の関係が?」
「ええ。実は、二年前、二人でフランスに任務に行った時に、二人一緒に道に迷ったんです。元々仲の悪かった二人は、互いに『お前のせいだ』と言い合って喧嘩になってしまって。お互いが方向音痴だということを知っていましたからね。結局、目的地には着いて任務は完了したんですが、二人ともがそのことを根にもってしまい、一層仲が悪くなった……と、カトゥーナ本人から聞きました」



[ 38/73 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -