33

その頃、ゲール―元気とユーミン―優子は、ローマの街を新しく入ったメンバーに紹介していた。
時刻は現地時間で午前十一時。
日本時間では午後七時。
そろそろ空腹を覚える時間帯だ。
「と言う訳で、お勧めの店に連れて行ってあげるよ」
「おお〜!」
元気がそう言うと、一同は歓声を上げた。
「それって、つまり、お前のおごり?」
洋一が期待の視線を彼に向ける。
「おごり……まあ、そうだね。正確に言えば、ファミリーの経費で落とすんだけど」
「経費で落とすって……何かかっこいいな」
「「いや、僕らにとっては普通だから」」
明の言葉に、双子は口を揃えて言う。
「ハモったね」
「さすが双子や」
梨花と俊は顔を見合わせて言う。

彼らは人通りが少ない道を歩いていたが、そんな彼らの背後から、車のエンジン音が聞こえてきた。
「おっと、車だ。端に寄って」
元気の指示で道の端に寄った次の瞬間、

和やかな時間は、突然終わりを告げた。

彼らの横を、一台のタクシーが通り過ぎていった。
双子と白石姉弟には、普通のスピードに映った。
しかし、清水の二人には、その時間がとてつもなく長く感じられた。
タクシーの後部座席に座っていた人と、目が合ったのだ。

「よし、行くか。……ん? 洋一、明、どうした?」
優子が宣言したが、二人の異様な雰囲気に振り返る。
「明、見たか?」
「おう、間違いなくあいつだ」
他の三人もそれに気付き、踏み出しかけた足を止める。
「タクシーに乗ってる人間に、心当りでも?」
一番二人の近くにいた元気が聞く。
「大有りだ。後ろに座っていた奴、俺らの親友の木原って奴だ」
「ええ!?」
一同は驚く。
「それって、本当なのか?」
「間違いない。あいつも俺らを見てびっくりしてたからな。しかも、ここだけの話、」
皆は話している二人の周りに集まり、明の次の言葉を待った。

「その木原って奴、本当はサファイアっていってな、ルビーの人間だ。その証拠に、胸ポケットに構成員を示すバッジを付けてた」
「!!」
彼らは緊張に包まれる。
「……どうする? 追うか?」
優子は元気に聞く。
「もちろん。メンバーの知り合いだからな。何か情報が掴めるかもしれない。けど、もう車見失ったしなあ……」
「まだそんなに遠くには行ってないはずだろ。この道はこの先しばらく曲がるところないし」
「そういやそうだな。よし、追うぞ。僕について来い。姉ちゃんは車の手配を頼む」
「はい!」
「了解!」
一同は、車の走り去った方向へ走り出した。

優子は携帯電話を取り出し、走りながらボスに電話を掛ける。
「もしもし。ユーミンだ」
『お、どうした』
「緊急事態発生だ。ルビーの奴と遭遇して、なんとそいつがロタールとベルフの知り合いだったらしい。相手は車で走り去って、今走って追っている。GPSで現在地をリアルタイムで送るから、六人乗れる車を寄越せ。もちろんプライベートだから黒以外でな。以上」
『了解』

「ボスに車を頼んだ。でも結構時間掛かるだろうな。結構遠いところまで来たし」
「ありがとう……お?」
元気が何かを見つけて、その走りを早めた。
「おい、待てってば……あ!」
彼に追いついた彼らは、見覚えのあるタクシーが停まっているのを目撃した。
「あれだ、間違いない。皆、ナンバー覚えとけ」
「はい」
しかし、全員がナンバーを確認する前に、タクシーは急発進した。
元気は舌打ちする。
「チッ、仕方ないな、行ける所まで追うぞ」
「はい!」
彼の指示で、六人は再び駆けだした。


                              ◆


「ヤッバいな……」
そのタクシーの後部座席で、サファイアは気まずい表情になった。
「どうした?」
運転手も心配そうに彼を見る。
「さっき、何人かとすれ違っただろう? あの中にあいつらが居た。この間ミルトリーに入ったばかりのあいつらが」
「ええ!? それはまずいな。スピードをあげよう」
「多分、そんなことやっても無駄さ。バッジをバッチリあいつらに見られたからな。間違いなく追いかけてくるぞ……おわっ!?」
タクシーは急ブレーキをかけて停まった。
すると、そのタクシーに笑顔を向けて一人の老婆が前を横切っていった。
「タイミング悪いな」
「おいおい、そう言うなって。年寄りには優しくするもんだ……って、」
少し穏やかになっていた運転手の顔が、一気に緊張する。
それと同時に、タクシーは急発進した。
「うおっ! いくら急いでるとはいっても、慌てる必要はねえって……」

「サファイア」
「……え?」
運転手が、真剣な面持ちで後部座席の少年の名を呼ぶ。
少年はきょとん、とする。
「よく聞け。さっき、お前が言っている『あいつら』とその仲間がミラーに映った」
「っ!?」
「やむを得ない停車だったとはいえ、ナンバーを記憶されたかもしれん。今はまだ彼らは走っているが、車を手配していてもおかしくない」
「……」
「それとサファイア、そのバッジを外しとけ。お前はもうルビーファミリーの人間じゃないだろう? ならファミリーの証はもういらないはずだ。外してどこかに捨てとけ」
「……分かった」
サファイアは、胸元のバッジを外した。
「でも、どこに捨てれば?」
「ああー、ここじゃすぐに見つかるな。だったら俺が代わりに預かって処分するよ。それが一番安全だ」
「では、お言葉に甘えて」
「そこまで気を遣わなくていいよ。俺も好きでお前を逃がしてやってるんだから。……そろそろ大きい道に出るぞ。出たらもうあっという間だ」
運転手は少しスピードを緩め、サファイアを見た。
「……ありがとう」
彼はやや穏やかな表情で笑った。


                              ◆


「確か、この突き当りの角を右に曲がれば大通りに出るんだっけ」
「そうです」
二人の男が、走りながら言葉を交わしていた。
「しかし、びっくりしたなあ」
「彼が裏切ったこと、ですか」
「そう。あれだけ兄弟共にファミリーに馴染んでいたのに、いきなりこんな行動に出るなんてな。兄弟仲は悪かったみたいだけど……ん!?」
男の一人が、立ち止まって一点を凝視した。
「どうされましたか?」
「怪しい車が通った。大通りに抜ける方向にな。彼かもしれない。急ぐぞ!」
「はい!」
二人は全速力で通りの突き当たりを目指し、そして右折しようと……

ドンッ。

飛び出していったところで、何者かとぶつかった。
「痛ってて……」
「大丈夫ですか、ルチフェル様!?」
「大丈夫、たいしたことはない」
ルチフェル、と呼ばれた男は、腰の辺りをさすりながら立ち上がった。
すると、ぶつかった相手が謝罪した。

「すいません! 大丈夫ですか?」
「ああ、何ともない……ん?」
彼は、相手を見て返事をしようとして――目を細めた。
「どうされました!?……って」
相手も、男を見て動作を止める。
「君のその傷、まさか、ミルトリーの『ブラッディ・ローズ』のボスじゃないよね?」
「そちらこそ、ルビーの中でも相当強い人間じゃないじゃないですか?」

「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。

先に口を開いたのは、ルチフェルだった。
「君、こんな路地で何をしているんだ? 仲間を大勢引き連れてさ」
「ただの街案内ですよ。そちらはどうなんです? 昼間から黒服に身を包んで」
『ブラッディ・ローズ』のボス――元気、もといゲールもその気になって言い返す。
「ちょっと厄介事があっただけさ。君達には関係ない」
「なら、こんなところで道草食ってないでさっさと厄介事の処理に戻ったらどうです? こっちはプライベートで動いているだけですから。あなたとここで争うなんて時間の無駄です」
「その物言い、随分急いでるようだね。街案内ならもっとゆったりしてるものなのに」
「そのゆったりした時間を邪魔しているのは誰ですか?」
「そっちこそ、厄介事の処理を邪魔しているじゃないですか」
「……」

ルチフェルがそう言った後、ゲールは返す言葉を失くし、ズボンのポケットに手を掛けた。
「……埒が明きませんね」
「やるのか? 受けて立つよ」
ルチフェルも表情を暗くする。

「……まずいな」
二人の終わりそうにないやり取りを見て、優子――ユーミンは残りの四人に指示を出す。
「いいか、よく聞け。今から煙幕用の爆弾を投げるから逃げろ」
「え!?」
「けど……」
四人は不安そうな表情になる。
「大丈夫、このまま真っ直ぐ行ったら大通りに出るから、その手前で待ってろ。すぐに行くから」
四人はしぶしぶ頷き、駆けだした。
それを見送ってから、ユーミンはどこからか発煙手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いて安全レバーを離し、

一触即発な二人の間に投げ込んだ。

「「!?」」

二人の視界がゼロになる。
その間に、ユーミンはゲールの腕を掴み、四人の待つ場所へ急いだ。
「姉ちゃん!?」
「急がねーと追えねーだろうが、この馬鹿!」


煙幕が晴れたその先には、六人はもう見当たらなかった。
「……撒かれてしまいましたね」
「仕方がないさ。慌ててた俺らが悪い。取り敢えず、車が走って行ったほうへ行こう」
その時、携帯電話の着信音が鳴った。

「もしもし?」
『おう、ルチフェル。メロナだ。そっちはどうだ』
「ああ、怪しい車を見て追いかけようとしたんだが、あろうことが人にぶつかってしまってな。しかも相手が厄介な人間で、言い争ってるうちに見失ってしまった」
『アホかお前は! 言い争う暇があるんならさっさとその場をおさらばすれば良かったのに』
「だから相手が悪かったんだってば。何でこんな時に会わないといけないんだ、っていう人間だ」
『その相手は?』
「……『血の薔薇』の連中だ。信じられるか?」
『なるほど、それは仕方がないな。それで、怪しい車ってどんな車だ』
「黒塗りで、タクシーのような車だ。乗ってる人は二人だった。それだけ」
『少な過ぎるぞ』
「一瞬で通り過ぎたから、これぐらいの情報が限界だ」
『……そう。まあいいや。それより、カトゥーナから連絡ないか? 何故かずっと繋がらねーんだ』
「ないぞ?」
『……分かった。僕は捜索を続けるから、連絡があったら教えてくれ。お前も早く追え。その見失った車とやらを』
「了解」

「誰からですか?」
「メロナだ。カトゥーナと連絡がつかないらしい。まあ、追うぞ。もう無理だと思うけどな……」
「どうしてですか?」

「相手が車に乗っているからさ。あのスピードでは魔法でも追いつけない。ましてや目的地が見えないからな。何か目印でも付けておくべきだったな」

ルチフェルは歩き出した。
もう一人の男も、それに付いて行った。

しかし、彼はすぐに立ち止まった。
「どうか、されましたか?」
「……」
彼はとある建物の一点を無言でじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
手にはいつの間にか拳銃が握られている。
「いいか、今から見る光景は憶えておくな」
そして、その一点に拳銃の照準を合わせた。

「カトゥーナ、今日こそ……!」



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