10
飛び交う、ナイフとフォーク。
飛び散る、真っ赤な血。
このやり取りが、もう5分以上続いている。
2人とも既に満身創痍だが、まだ戦いが終わる気配はない。
しかし、流石に疲れてきたのか、一旦間を置いた。
「やはり、強いな……。さすが『ブラッディ・ローズ』のボスだ」
「お前もな。これだけ実力があるのなら、僕達のところに来れば良かったのに」
「生憎そのつもりはない。私は私のやり方を続けるだけだ」
「続ける? そうはさせないよ」
ゲールは再びナイフを投げた。
しかし、ミラはあっさり避けた。
「どうした? スピードが落ちてるぞ?」
「!!」
ミラの言う通りだった。
ゲールは5分もナイフを投げ続け、その上に怪我と出血。
体力を消耗するのも当然だ。
だが、同じようにフォークを投げ続けたミラは、笑顔を見せている。
まだまだ余裕のようだ。
「まあ、お前の様子を見た限り、勝敗は私の勝ちのようだな」
「そう決め付けるのはまだ早い! ……あれ?」
途端、彼の身体の力が一気に抜ける。
そして、そのまま、
その場に、倒れこんだ。
「こんな、はずじゃ……」
「だから、私の勝ちだと言ったはずだ。諦めな」
「……」
彼は黙り込んだ。
でも心の中では、ガッツポーズを思い浮かべていた。
ーーあいつ、僕が魔法使いということを忘れているな。
「……おい」
「何だい? 遺言があるなら早くしてくれ」
「お前、何者だ」
その問いに、ミラは笑って答える。
「今更何を。私はこの国の支配者だ。それ以外の何者でもない。昔は暗殺者だったけどな」
「なるほどな。魔法とか使えたりするのか?」
ゲールは質問を続ける。
「私は使えない。部下は使えるけどな。人を迷い込ませてるのもあいつらだ」
「じゃあ、僕は? 名前が分かるのなら、職業も分かるよね?」
「そんなの余裕だ。中学生 兼 暗殺者 兼 ……あ」
ミラは大事なことを忘れていたのに気づき、思わず口に手を当てる。
「……魔法使い、だ」
ゲールは不敵に笑った。
「ただの支配者と魔法使い、どっちが強い?」
「それは……」
立場は、一気に逆転した。
彼はふらつきながらも立ち上がり、再び笑う。
ーー……こんな魔法、本当は嫌いなんだけどね。
「……シーズ・オブ・ブラッド(血の海)」
彼がそう静かに唱えると、ミラの傷口から血が溢れ出した。
◆
「マリン」
彼は、物陰に隠れていた少女を呼んだ。
「終わったよ」
「ボスを倒したの? それにしても、血まみれだね」
「まあな。こうやって立ってるのもやっとだ」
彼は壁にもたれながら言う。
「……でも、ゲールさんはこれでいいんです」
「え?」
「水もそうですけど、血が滴る男でもいいじゃないですか!!」
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
ーーこいつ、大丈夫なのか……?
彼はまた、複雑な気分になる。
彼らは、好きでこの任務を引き受けた訳ではない。
ーー楽しんでやっている奴もいるが。
自分達がこの殺伐とした世界で生き残るために、任務を引き受け、遂行しているのだ。
それを褒めるなど、もってのほかだ。
ーー彼女は『血には慣れた』って言ってたけど、
そこまで考えて、やめた。
これ以上考えていたら、余計に訳が分からなくなりそうだったからだ。
「マリン」
再び、少女の名を呼ぶ。
「はい」
「悪いけど、包帯があったら持ってきてくれないか?」
「分かりました! すぐに取りに行きます」
少女は、元気に何処かへと駆け出していった。
「……」
一人になった空間で、彼はまた考える。
ーー血が怖いと言いながら、生きるために人を殺す、僕。
ーーこうして血まみれになった僕を怖がらず、逆に褒める、彼女。
狂ってしまっているのは、どっち?
答えは、無かった。
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