そうして、二人で | ナノ


※今の貴方へ、の続き



 春の季節を超え、夏の季節を超えて、いつの間にか黄金色が空を覆う、秋となっていた。風は冷たく肌を突き刺すようになり、朝と夜の冷え込みは一層深くなるばかりだ。
 上着に軽い羽織を着て、臨也はぼんやりと物思いにふける。最近は小説の原稿にゆとりができてきていた。ゆっくりと今日という日を感じて、その感性を話に影響できたらと思う。だが最近は、ある不安があった。
 静雄は晴れて、高校生になった。中学生と同じ学ランという時点では変わったところはない。だが、静雄は高校生になり、少し変わったような気がする。男性、に近づいているのだ。
 早く大人になって。確かにそう言った。高校生になるまで、待って、と言った。そして今、静雄が少し大人になってから何か進展があったかと言えば、何もない。そう、何もないのだ。

(やっぱり、気が付いたかな)

 男相手である事に気が付いた。きっと中学生の時には気が付かなかった違和感や、障害に気が付いてしまったのだろう。寂しい、と思ってしまう。いつかは気が付くとは思っていた。いつかは可愛い女の子を見つけるのだと思っていたけれど、やはり、どこか、寂しいと思ってしまうのは、昔からずっと一緒に居てくれた事が大きいのかもしれない。
 仕事机に肘をついて、小さな窓から空を見上げる。もう暗がりになっていているその色に臨也は目を細めた。
 もう一年もの時間が経ってしまった。自分は何も変わらず、小さな静雄はいつの間にか自分の知らない姿になっている。そして静雄が臨也のマンションに訪れる回数は減っていったのだ。

(今日も、来ないのかな)

 少し前までならば、毎日のように学校帰りに寄って来てくれていた。だが、静雄が高校に入ってからは変わってしまった。静雄の口から、高校生活について問うた事はない。学校はどうかと聞く事もできなければ、静雄が話してくれる事もなかった。
 投げ出された鉛筆を手に取る。
先生の書かれるお話は、最近切ないものばかりですね。胸を締め付けられるかのような、寂しい思いになります。
最近よく届く本の感想だ。感動した、泣いた、と言葉をもらう度に臨也は思う。自分の文章はモチベーションに関係しているのだと。自分が今、とてもじゃないが楽しい笑顔が溢れる、幸せな文章など書けはしない、だからこんな薄暗い文章ばかりを書いてしまうのだ。

「いい大人が、酷い有様だね」

 自嘲な笑みを零し、臨也は握った鉛筆を離す。何か書けるような心境ではなかった。このままでは主人公が死んでしまうような話しか浮かばない。担当に原稿を渡す度に、小さな溜息をつかれているというのに。面白いけれど、いい加減にしなさい。と何度言われただろうか。
 冷える夕方の気温に、臨也は身を縮めた。







 ぴんぽん、と音が響く。ぼんやりとした意識の中、その音だけははっきと耳に届いた。静雄かもしれない、という考えがよぎり、勢いよく立ちあがった。玄関へと足早に、ドアノブに手をかけようとしたとき、それよりも先にドアは開いた。
 覗く金髪。久しぶりの色だった。伏せ目がちの瞳が上を向き、臨也の瞳と交わる。

「い、居ねえと思って、」

 合鍵で入ってしまった事を謝る静雄をよそに、自分の家の前に静雄が居るというそれだけに臨也は感動していた。
 純粋に、嬉しい、とどこからともなく溢れてくる感情に身が震えた。

「しずちゃん」

 ぱちりと開かれる綺麗な茶色の瞳。着崩れた着物など気にせず、静雄の背中に腕を伸ばしていた。
 会いたかった。
 その言葉は、口からちゃんと音として発せられただろうか。
 待って、と言ったのは自分だったはずなのに。

「もう、耐えられなくなった」

 ぎゅう、と力強く抱きしめ、静雄を求めた。驚きの色に染まる静雄の瞳は一瞬にして、焦りの色へと変わる。

「馬鹿か、手前…ッ!」

 離せと言わんばかりに声をあげた。その言葉に少し胸を痛ませながら臨也はゆっくりとした動作で離れていった。前までは、静雄から触れてきてくれたというのに。

「ジュースでも、飲んでいく?」
「…いや、話があって、来ただけだからよ」
「なに、かな」

 覚悟はしていた。静雄の性格上、何も言わずに今まで世話になった人のもとを離れる事はないのだから。
 どこか言いづらそうに視線を泳がす静雄に、かしこまらなくてもいいのに、と思う。言うならば早い方がいい。
 静雄にばれないように、息を整える。何を言われても、笑顔で。


「好きだ。付き合って、くれ」


 息をするのも、忘れてしまいそうな。
 告白をするシーンで今まで書いてきた表現が、全く異なる事を実感した瞬間だった。息がつまり、その一瞬に心臓が一気に動きだすような、感覚。熱い。頭が真っ白になって、それで。

「高校まで待てって言ったのは手前だろ。今さら、駄目なんて、言わせねえ」

 腕をしっかりと掴まれ、訴えられる。好きだ、とそれから何度も伝えられ、それを受け入れる言葉しか浮かんでくる事はなかった。
 いつの間にか、静雄の事をこんなにも好きになっていた。静雄の幸せを願うためなら、恋心など捨ててしまおうなんて事ができないぐらいには。
 こんな歳になって、こんな物語の中のような恋をするなんて。
 何を言われても、笑顔で? そんな事、不可能だった。

「知ってる? 俺もね、シズちゃんの事が好きなんだよ」

 ずっと昔から見てきたのだから。
 おあずけは、もう終わりだ。
 紙とペンと、それだけの生活に、平和島静雄という明るい輝かしい色が混じり、世界は鮮やかに色づき始めていた。



(20111118)
匿名さまリクエスト
「おあずけ終了の静雄さん」でした!
遅くなってすみませんでした…!!
エロありと書いてなかったので、エロは入ってません…!


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