すべてを捧げよう(後) | ナノ




 静雄は何かものを食べる、という事が無かった。臨也は起きた時には必ず静雄は先に起きていて、縁側で煙管をくわえているのだ。腹が空くことがないのかと臨也が問えば、静雄は腹が空くとは何かと質問を返した。
 静雄が神と呼ばれる存在なのだ、と臨也は気が付いた。普通とは違う見た目をしている静雄はどこか儚く、どこか神々しさがあったからだ。

「シズちゃん、暇だよー」
「知るかよ…」

 はあ、と静雄は溜息をつく。
 臨也がここに来てから数か月が経っていた。臨也は毎日同じ事をし、静雄と昔の話をして過ごしていた。食事をとらない静雄と一緒にいる臨也も碌に食事をする事なく過ごし、静雄はそれを気にかけていた。もともと食べる方じゃなかったから大丈夫だ、と臨也は笑っていたが日に日にやせ細っていく姿は見ていられるものではなかった。

「おい臨也、飯食ったか」
「食べてないよー。お腹空いてないしね」
「手前よぉ…死にてえのか」
「なんで? そんな訳ないじゃないか」

 二人で縁側に座り、森の木々の隙間から見える空を覗いた。静雄は鋭く臨也を睨み付けるが臨也は気にした様子もなく、鼻歌を歌いながら空を見上げている。

「なあ、手前よお」

 臨也が何かと振り向いた時、静雄は臨也の肩を掴み、そのまま押し倒した。一瞬の出来事で臨也は対応できず、気が付けば目の前には静雄の褐色の瞳があった。

「食うぞ」

 一瞬だった。静雄はただその一言だけを呟くと臨也の着ていた着物の衿に手を伸ばし、乱暴に剥いだ。驚きのあまり臨也は目を見開き、硬直する。逆光の中に静雄の茶色の瞳だけが光り、ぞっと背筋を凍らせた。
 こんな静雄を知らない。

「ゃ、やだ! しずちゃん!」

 その胸板を押し返す。びくりともしない身体に筋肉や力のつきかたの差が身に染みた。静雄は何を口にすることなく、臨也の真っ白な首筋に舌を這わせ、食らいついた。走る痛みに潤む瞳から涙が溢れ、知らない静雄の形相に怖いと声をあげるしか臨也に術はなかった。

「しず、しずちゃ、嫌だあ!」
「怖いだろ」

 なあ、怖いだろ。
 静雄の声がゆっくりと響く。蟲の声しか聞こえないこの世界で、静雄の声はとても静かに鼓膜を揺らした。

「手前をどうこうする事なんて簡単なんだよ。俺は人じゃないからな。人間なんて、弱い生き物だ。俺と一緒に生きる事なんてできねえんだよ、臨也」
「…そんな事ない」

 臨也は腕で溢れる涙を隠しながら、はっきりと告げた。そんな事はないと。きつくなる静雄の視線を痛い程感じながらも臨也は思いを綴った。

「俺はシズちゃんと生きる。だって、もう俺にはここしかないんだ。この場所しか、シズちゃんの隣しか俺の場所は無いんだ。俺はシズちゃんとずっと一緒に居たい」
「無理だ、臨也」

 神サマと人間とでは、そもそも命が違う。人は有限で、神は無限の存在なのだ。ずっと一緒には居られない。静雄は引き攣る声を抑え、必死に訴えた。だから飯を食ってくれ、このままだと死んでしまう。頼むから。そう言う静雄に、臨也はぽろぽろと涙を零すだけだった。

「俺と同じ生活をしたって、手前が神サマになれる訳じゃねえんだ、だから」
「いや、だ」

 震える声、嫌だと繰り返す声その声は縋り付くかのような、悲しい声だった。押し返していた静雄の胸板に手を伸ばし、羽織を掴んだ。一緒にいたい。そう訴える臨也に静雄は何も言う事が出来なかった。

「ばか野郎だな、手前は」

 俺だって、独りなんざ嫌いだよ。







 静雄の羽織を力強く引き寄せ、そのまま唇を奪う。しずちゃん、と声は震えているが、赤い瞳はしっかりと静雄の瞳を見据えていた。

「食っちまうからな」
「うん」

 食らいつくように口づけを繰り返し、静雄は白い喉に噛みついた。露出した首筋から下に降りていく静雄の舌に臨也は顔を赤らめ、ぎゅ、と目を瞑った。

「し、シズちゃん、するならちゃんとしてよ」
「ばーか」

 先ほどとは違って優しい手つきで臨也の着ている着物を脱がしていく。始めの日に出逢った時に着ていた女物の着物。可愛らしい柄が散りばめられていた。

「臨也、挿れていいか」
「は、やく」

 足をはだけさせ下着をそっと脱がせる、膝を支えて開かせた。自分のそれを秘部に当てがうと、臨也が息を飲むのがわかる。額に手を添えて撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め、大丈夫、とつぶやいた。

「一緒になりたいよ、俺」

 その言葉を合図にするように静雄は腰を進め、自身を埋め込んでいく。ぐちゅりと水音が響いた。

「ふ、ぁ、ああッ」

 瞳を強く瞑り臨也は白い喉を晒す。痛みが全身を駆け巡った。固く閉じられた目尻から流れるように涙が溢れ、頬を濡らす。額を撫でるように静雄は手を伸ばし、黒髪に触れた。

「目、開けられるか」
「ん、ぅ、あっ…んっ」

 甘い声を上げながら臨也は小さく返事を返し、静雄の腕にしがみ付く。静雄はゆっくりとした動きで腰を動かし、奥部を突いた。

「ひゃ、あ、ん!」
「俺、も手前と一緒に、いたい」

 でもそれは無理な事だとわかっている。だからこそ、今はこの暖かなひと肌を刻み込んだ。あと何年一緒に居られるかわからない。人間の命はとても短く、儚いものだ。

「しず、ちゃ、しず、ぁ、あ!」
「いざ、や…!」

 ひとりだった世界に現れた相手はとても大切な存在だった。失いたくない、大切な。
 一緒に居よう、と二人は抱き合い口づけを交わした。
 神サマが愛を知って、ひとりの人間は涙を流した。



(20110916)

タツキ様リクエスト
「女装させられて生け贄にされる臨也。荒ぶる神だと誤解されてるシズちゃんに捧げられるけど、シズちゃん至って普通の優しいカミサマ」でした!
ほんとはこうもっと幸せな感じにしたかったんですが私のシリアス脳が邪魔をしました…!
如何でしたでしょうか…!
消化が遅れてしまってすみません!ありがとうございました!
きっとこの神さまシズちゃんは臨也を幸せにしてくれるでしょう…。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -