肌の触れ合い | ナノ




 対人恐怖症、というものがある。それは他人を傷つける事や、迷惑をかける事を恐れるより、自身に対する攻撃や社会的な不器用さのために他人に非難される事を恐れるといった症状があげられる。対人恐怖症には赤面恐怖症・視線恐怖症・表情恐怖・発汗恐怖なその様々な種類があるのだ。
 折原臨也はその対人恐怖症であった。親しい仲である友人とでなくては普通に接する事ができない。対人恐怖症の人間は引きこもりになる事が多いが、臨也は友人や家族の努力でそこまでにいたらなかった。高校では中学の持ち上がりが多く、本当に恐怖する機会は減ってきていた。

 綺麗な青空が広がっていた。雲一つない空は澄み渡り、夏の匂いを漂わせている。生徒のろくに来る事のない(本当は立ち入り禁止である)場所に折原臨也は寝そべり、ばんやりと空を眺めていた。

「おいコラ」

 棘のある声が空から降りかかる。覗き込むようにして静雄は寝ころぶ臨也に声をかけた。
 時間は午後一時半をわまったところ。太陽が一番高くに上がり、さんさんと照りつけていた、真っ黒な臨也には暑過ぎて大変なのではないかという静雄の微かな心配をよそに臨也は眉を寄せ、いかにもどうして来たんだ、といった表情をあらわにした。

「なーに、シズちゃん。授業サボっちゃダメだよ。ついていけなくなるよ? もともと悪い頭が一層悪く、」
「てめえはうるせえんだよ」

 どかり、と静雄は臨也の隣に腰を下ろし一言、暑い、と言った。だったら教室に帰ればいいのに、と臨也は内心で愚痴り、決して口にはださない。それはどうして静雄が授業をさぼって来たのかをわかっているからだった、

「まだ慣れねえか?」
「何だか嫌なんだよ、あの教師の視線が、すごく嫌だ」

 …怖いんだよ、と弱弱しく呟いた。
 臨也は授業を抜け出す事があった。それは教師や生徒からの視線を感じて、耐えられなくなった時。自分が日直で、教科書の音読を頼まれる可能性がある時。
 何を言うでもなく臨也は教室から抜け出し、屋上で時間を持て余しているのだ。毎回誰にも気が付かれないようにと出てくる臨也だが、静雄にはどうしてか気づかれてしまっていた。同じクラスだという事もあるが、臨也の席が空席のとき、静雄も一緒になって授業をサボっていた。

「なあ、暑くねえ?」
「暑くないって言ったらウソになるけど、耐えられる暑さだから教室には行かないよ」
「そうかよ」
「暑いなら、教室戻なよシズちゃん」
「ンなんで戻ったら来た意味ねえだろ」

 暑い、あつい、と静雄は繰り返し、ワイシャツのネクタイを緩め息をつく。ちらりと静雄が横に寝そべる臨也に視線を向ければ、臨也は両腕で表情を隠していた。

「臨也」

 のろりとした動きで臨也は腕の隙間から静雄を見る。なに、と掠れた声で答えると静雄はずいっと顔を近づけ赤い瞳を見つめた。

「な、なんなのさ」
「俺は大丈夫なのか」
「シズちゃんなんてもう慣れた」
「どうやって慣れたんだよ」
「そんなの知らない」

 そんなの俺が知りたいよ。
 しまった、と思った時には臨也は顔をしかめていた。批判する事はよくない、と新羅に言われ続け今まで軽く流してきた部分もあったというのに、つい口からでてしまっていた。
 静雄は中学の持ち上がり組ではかった。高校受験ではいってきた静雄は、小学の時同じクラスだった新羅と再会し、そして臨也と出逢う。人嫌いなんだ、と新羅から聞かされていた静雄は、臨也を見たときそれは何の冗談だ、と思った。切れ目から覗く赤い瞳は鋭さを持ち、静雄を睨みつけていた。
 そうして、静雄の怪力を知った臨也はナイフを取り出したのだ。


 静雄に対して、臨也は恐怖心を抱く事が普通の人間相手より少なかった。なぜか、と新羅は問うがシズちゃんが人間じゃないからかな、と冗談めかして臨也は言う。臨也自身、どうして静雄の事が怖くないのかがわからなかったのだ。いつもならば目を合わせる事すら億劫で、それに対してまた自己嫌悪を起こし、人との接触を拒む。それが今までの流れだったが、静雄に対しては違った。静雄の目を見ても、恐怖を感じなかったのだ。

(なんでだろう)

 目の前にある静雄の顔をぼんやりと見つめる。やはり怖さを感じる事はなかった。
赤い瞳を見つめ、静雄もまた、どうして自分の事は大丈夫なのだろうかと不思議に思っていた。自分だけが大丈夫だった理由。それは一体なんなのだろうかと。

「授業、でるぞ」
「なんで命令形なの」
「慣れだ。要するに、そうだろ」
「はいはいシズちゃんは馬鹿だったよ」

 仰向けだった臨也は不貞腐れたように身体を横にし、静雄から逃げる。どこか小さな背中に静雄は目を細めた。
 臨也が対人恐怖症を気にかけ、日常生活に影響を感じている事を静雄は知っていた。いつも新羅や門田とともに居るのは一人になると他の人間に迷惑をかけるかもしれない、といった恐怖からだ。
 どうにかしてやりたい、と思うのは同情からなのだろうか。
 ゆっくり治していけばいいんだよ、急ぐ事なんてない。新羅はそういっていたが、昔からこうなっている臨也は少しずつでも恐怖症を克服できているのかと不安だった。自分が恐怖症である事に、もう諦めてしまっているのではないかと。

「臨也、教室行くぞ」
「嫌だってば。どうせ集中できやしない」
「教室に居る事に意味があるんだ」
「シズちゃんはそうかもしれないけど、」
「俺がいるから大丈夫だろ」

 無理やりに臨也の腕を掴み引き上げる。嫌そうに臨也は顔を顰めているが静雄はもろともせずに立ち上がらせた。動こうとしない臨也に静雄は溜息をつき、脇に手を差し込むと、そのまま抱き上げた。

「えっ、ちょ、えっ?!」
「うっせえよ舌噛むぞ」

 樽を担ぐかのように臨也を肩に持ち上げ、そのまま屋上をあとにする。暴れる臨也の攻撃など抵抗にもならない。授業が始まるかなりの時間が経っていたが静雄は無言で階段を下っていった。
 
 途中から臨也も抵抗をやめ、静雄のワイシャツをこっそりと握った。



(20110726)

桐葉さまリクエスト
「障害を負って何かに怯える臨也と、それを何とかして助けようとする静雄の話し」でした!
本当はもっとシリアスな感じを想像されていたんじゃないかと思ったんだんですが…あまり暗い症状を書くと本当にその病気の方に申し訳なくなるので…対人恐怖症が簡単な病な訳ではないですが…!
きっと違う誰かに襲われたりとかして人が一層怖くなったりして、それで静雄に触れられるのも怖くなったりしたら可愛いなあと勝手に妄想しながら書いてました!
消化が遅くなってしまったのですが、リクエストありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします!




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