君が居ないから | ナノ







 ふと目を開けると、そこは見慣れた天井だった。
 自室の寝室。手さぐり状態で枕の隣に投げ捨てたはずの携帯に手を伸ばす。天井に腕を伸ばしながら携帯を開けば、表示されたのは五月五日という数字だった。その画面を見て力なく腕が落ちる。そしてそのままそっと目を閉じた。
 昨日は、折原臨也の誕生日だった。
 だが、臨也は自室に居て隣に静雄の姿はない。昨日、誕生日の日に静雄からの連絡は一切無かったのだ。

「死んじゃえ馬鹿野郎」

 その声はとても弱弱しく、震えていた。

 昨日、朝起きてまず携帯のチェックをした。新着メールに心躍らせ、そのメールを開いた時表示されたのは「ドタチン」の文字。
 誕生日おめでとう、今日は笑顔でいろよ。
 なんとも男前のメールに臨也は無意識に笑みを零す。ありがとう嬉しいよ大好き、シズちゃんの次にだけどね、と返信すると今日はどうなるのだろうかと臨也は胸を高鳴らせた。いつ来るのだろうか、それとも家に呼ばれるのかもしれない。ふふっと臨也は暖かく笑い、高揚感にシーツを抱きしめた。
 それから、二時間。時計はお昼の時間をさした。だが未だ静雄から連絡はない。メールもあれから新羅から来ただけで何の音沙汰も無かった。
 ドキドキがそわそわ、といった感情に変わる。
 携帯を手にとっては開け閉めを繰り返し、問い合わせを繰り返す。だが携帯は何も受信することなく外は暗くなっていった。高まる喪失感。そしてあっけなく日付は変わってしまっていた。
 しばらく放心状態が続いた。何かの間違いかもしれない。携帯を開き日付を確認すると、そこには五月五日の文字。机に置いてあるカレンダーにも間違えなどなかった。
 一年に一度の誕生日が終わったのだ。
 デスクの前にある大きな椅子に深く座り、臨也は喪失感に襲われていた。ただただ、何もなかった五月四日という日に驚きを隠せない。ぽっかりと空いてしまった五月四日の記憶。何もない。ケーキを振舞ってくれたり、おめでとうと抱きしめてくれる事もなく、誕生日が終わった。
 それから臨也はどう寝室まで行って寝付いたのか記憶が無い。


 静雄は何の変化もなくGWを楽しんでいた。いや、長いGWに飽きてきているといったほうが間違いがない。仕事も休み。特にすることが無かった。部屋の掃除や普段できない穏やかな時間を過ごすといったゆったりとした生活。そういえば自分はこんな生活に憧れていたんだと静雄は思い出し、小さな窓から空を見上げた。煙草を一本取り出しライターで火をつけると、ふとそのライターに目がいった。それは臨也から貰ったものだった。
 そこで、サァーと血の気が引いていく。
 咄嗟に携帯で日付を確認する。五月五日。しっかりと画面の右端に表示されていた。
 おかしい、まずい、まさか――――…。
 静雄は手に嫌な汗をかきながら電話帳を開き、ノミ蟲と登録されているページを見た。そこに書かれている誕生日の日付は五月四日。間違いなく、それは昨日だった。
 やってしまった、と静雄は言葉を失う。忘れていた、完全に。プレゼントなど無ければ、ケーキすらない。静雄は恋人の誕生日をすっかり忘れていたのだ。

「死ねよ…俺…」

 悪態をつきながら、静雄はもてる早さをもって着替えをすまし全速力で走りながら電車に飛び乗った。
 もちろん、向かうのは新宿にある臨也のマンションだった。


 臨也は波江にメールをしていた。今から来れないか、急用の仕事が入ったので片付けたいのだといった嘘のメール。今のこの状況を打破するには一人でいない事、そして少しでもいいので仕事をして気を紛らわすしかないと考えたのだ。本当は五月五日の今日、静雄の家に泊まっているかのんびりと二人で過ごすだろうと踏んで波江にもGWを謳歌してくれと言った、はずだった。

「こんな結果になるなんて、予想外だ」

 大きな椅子に浅く座り背もたれに寄り掛かる。キィ…と鳴った音がやけに大きく部屋に響く。虚しかった。初めて一人が寂しいものだと感じた瞬間だった。
 ついさっき。遅れてごめんね臨兄誕生日おめでとうございました! と個人的に買ったのであろうケーキの写メと共に届いた。
 臨也はそれを暫く眺め、ありがとう嬉しいよと返信すると凄まじい速さで返信がきた。素直な臨兄なんて気持ち悪いよ! どうしたの! 静雄さんに愛されすぎちゃったの!?
 そうだったらどんなに良かっただろう。臨也はその返信は返さずに携帯を閉じた。胸が痛い。予想以上に、傷ついているようだ。深く溜息をつく。そしてツン、と鼻の奥のほうが傷んだ。

 ガチャン、と音がして扉が開かれる。風が通り、黒髪が揺れた。薄く張った涙を引っ込めるように臨也は一度大きく息を吸うと落ち着かせるように吐いた。
 忘れよう。明日からまた普通に過ごそう。シズちゃんはきっと嫌いなった訳ではないはずだ、忘れているだけだろう。忘れられてしまった事は少し残念ではあるけれど。
 波江さん、と呼び閉じていた瞳を開く。その瞳に映ったのは、漆黒の長い黒髪ではなく、少しへたりとしおれている金髪だった。

「しず、ちゃん」

 ぐるぐるとなんと言うのかわからない感情が渦巻いた。
 波江の策略かと臨也は瞬時に判断し、静雄を睨みつける。だが静雄は息を切らし、肩で息をしながらしっかりと臨也の赤い瞳を見据えた。

「悪かった、ごめん、本当に、」

 ――――今からでも、祝わせてほしい。
 差し出したのはコンビニの袋に入った四角い大きな箱。その中にはホールケーキがひとつ。臨也はくしゃりと表情を歪ませ、死ねよとだけ言った。震え、威厳など皆無な声で。

「しずちゃん、最低。死んで。今すぐに」
「悪かった、本当に! だから、遅いかもしんねえけど、今からでも」
「もういい。もういい!」

 ――――…もういいから、言う事あるだろ…!
 揺れる赤い瞳に静雄はその体を抱き寄せ、耳元で囁いた。

 生まれてきてくれでありがとう。
 誕生日おめでとう。愛してる。


君が居ないなら
(名前を呼んで囁いて)




(20110512)

匿美さまタイトルリクエスト「君が居ないなら」
遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした…!
時期的に臨也さんの誕生日を…。
リクエストありがとうございました!


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