オードリーとクレスにこんばんは | ナノ




 綺麗な月夜だった。
 桜の下で酒を交える季節が過ぎ、最近では夜も少し暖かくなってきている。頬に触れる風はとても穏やかで心地よい。風が吹く度に揺れる黒髪と茶色のファーが舞った。
臨也はコート一枚で人影の少ない路地を歩く。カツ、カツ、と靴音だけが響き開いた携帯から洩れる光が明るい。片手にコンビニ袋を手に持ちながら臨也は目的地に向かい、らふらふらと歩いた。夜空はきれいに澄んでいた。


「おい」


 かけられた声に視線を上げる。暗闇の中で見える金色の髪の毛はとても美しかった。
シズちゃん、と臨也が呼ぶ。その声は暗闇と違って明るいものだった。
  静雄の姿は暗闇に浮き出るかのよう。反対に臨也の姿はいまにも消えてしまいそうな程闇に紛れている。ゆっくりと上を向いた赤い瞳がやけに目立つ。ワインレッドの瞳。暗闇の中でそれだけが輝いた。
 持っていたコンビニ袋を臨也は掲げると、少し頬を膨らませた。


「はい、買ったよ。ていうかさ、外にでるんだったら自分で買えば良かったじゃない」
「手前が買えば俺は金払わなくていいしな」
「なるほど。サイテー」
「手前にだけは言われたくねえな」


 静雄はふっと鼻で笑うと、くわえていた煙草をふかした。暗闇の中に灰色が舞う。それが消えたとき、臨也は買ってきた袋を下げた。中には数分前に静雄がメールで連絡してきたアメリカンスピリットが一箱入っている。切れそうだから買ってこい。ただひとことそう書かれていたメールを見たのは臨也がちょうど静雄の家に向かおうとしたときだった。今から行くねと一方的にメールをした時の返信があれだ。
 静雄は少しむくれながらも笑みを零す臨也を隣に呼び肩を並べ、夜道を歩く。臨也がなぜ外に出てきたのかを静雄に聞くことはない。静雄が臨也を迎えに来てくれた事をわかっているからだ。
あれやそれやと臨也は今日の取引相手の話をしていく。他愛のない世間話だ。だが静雄は相槌を交えながら煙草をふかす。日中ならば煩い黙れと怒声を上げているが、今は違う。話を聞いていない訳でもなく、時には共に笑う。


「あ、ついでにプリンも買ってきた」
「おおっ」


 今日はかぼちゃのプリンにしてみたよ。臨也がふふっと笑う。
 コンビニに行っては新しいプリンを手に取ってしまう、いつの間にかできてしまった臨也の癖。来ると連絡があれば外に出て少しの距離でも迎えに行ってしまう、いつの間にかできてしまった静雄の癖。当たり前になってしまったそれはもう癖とも呼ばないのかもしれない。


「その煙草ってあんまり見かけないよね」
「まあ、そうだな。自販機には売ってねえな」
「結構強いやつだし。早死にするよ、ってシズちゃんには関係ないのかな?」
「内臓がどうだかなんざ俺だって知らねえよ。新羅にでも聞け」
「解剖させてくれって言われるね」
「遠慮する」


 今日は晩御飯はなんだろうな、と臨也は静雄を横目に見ながら言う。おなか空いた! と続けていえば静雄は今日の料理はトンカツだと言う。
 いつものと同じ。いつもと同じ流れで、これが日常と化して何日、何か月、何年経っただろう。
 静雄が臨也の仕事を認めたわけでも無く、黙認しているわけでもない。それが日中に見られる戦争が物語っている。だがこうして肩を並べて家に迎い、食事を共にするのだ。高校からの付き合いだと言えば仲の良い友達と言えるだろう。だが、静雄と臨也は犬猿の仲であり、恋人同士であるという奇妙な関係である。 
好きだという愛の言葉をささやく事は少ない。臨也は人間が好きだという大きな括りでは愛を叫ぶが、静雄に向かってそれを叫ぶ事はない。ゼロではないが、限りなくゼロに近かった。静雄もわざわざ好きだと愛しているなどと愛の言葉を口にしない。言わずとも、この関係は恋人同士で、好意を持っていると思っているからだ。
 静雄にはわかる自信があった。だがそれは根拠のない自信だ。


「ねえ、シズちゃん。今日泊まってもいい?」
「始めからそのつもりだろ」


 臨也が少し前を歩く。行くべき場所は同じだ。目的地も、もう行きなれた場所。
 少し暗い道を歩く。だが道を間違える事はない。道を違えば手を引いてくれる人がいるからだ。輝く赤と黄色がそこにあるからだ。
 少し暖かい夜風。隣には愛しい人がいる。



オードリーとクレスにこんばんは


(20110508)

徳乃さまタイトルリクエスト
「オードリーとクレスにこんばんは」

徳乃さまが考えていたお話しのイメージと違ったらすみません…!
そして大変遅くなりました!
リクエストありがとうございましたーー!


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