後悔先に立たず | ナノ




 身体が、心が、叫んだ。
 愛し合えと、愛してくれと。






「俺は手前のそういうところが大嫌いなんだよっ!」


 ガツンッと頭を殴られたようにその一言だけがやけに響いて、部屋には静寂が流れた。
 どうして静雄は怒っているのだろうか。臨也はそっと静雄に視線を向けると、怒りに染まった表情がそこにある。さっきまで一緒にテレビを見ていた。肩を並べ、世間話をしながら。静雄はプリンと牛乳を。臨也はコーヒーを手に。それがどうしてこうなったのだろう。

 何も考えられない頭で、臨也は口を開く。こそから紡がれる言葉は、まがい物とすり替わっていた。


「じゃあ、別れる…?」


 僅か五十センチのその距離で、臨也は静雄との七年間という長い付き合いへ、終わりを宣告していた。
 無表情に告げた臨也に静雄は一層怒りを覚え、ふざけんな! と声を荒らげる。鋭い目つきは付き合いだして始めてみるものだった。
 静雄は立ち上がったまま、上から臨也を睨みつける。何の反応も見せない臨也に、置いてあるコーヒ−カップを叩き落とした。


「なんとか、言えよ」


 どうして怒っているの。
 そんな事を聞く事もできず、開いた口を閉じる。こんなに近くにいて相手の怒りの理由すらわからないようでは、想いすら届かない。
 

「…っ…!」


 突然ぶわりと涙が溢れ、臨也はハッと顔を背ける。
 どうして怒ってるの。
 溢れる涙と感情に臨也は必死に袖で涙を拭うと、静雄は顔をしかめた。


「ンで、泣くんだよ」


 その言葉は相手を気遣うような声色ではなく、突き放すような低い、声。

 震える肩を受け止めてくれる人はもう居なかった。
 今まで積み上げてきた大切な思い出すら零れ落ち、影を作る。今まで何を得てきたのだろう。今までの長い間、ずっと一緒に居ることでありのままの姿を知ったような気がしていた。
 だがもう、なにを失ったのかもわからない。


 どうして怒ってるの。
 俺はさっき何を言ってしまったのだろう。臨也はぐちゃぐちゃの頭で必死に考えていた。
 だが、どうしてもごめんのひとことが言えなかった。それは臨也自身、どうして静雄が怒っているのかがわからなかったからだ。わからず謝るのは、どうしても嫌だったのだ。

 静雄は臨也が俯き何も言わない事に舌打ちを打つ。そして静雄も何も言わず背を向けた。
 咄嗟に臨也は顔を上げ、声をかけようとするが口からは嗚咽しか出てこない。


 部屋からでて行ってしまう。行かないで、行かないでとひたすらに胸の内で叫ぶ。
 静雄は靴を履きいつものように出て行こうとする。その動作はなんのためらいもなく、不思議と違和感がない。それがどうしようもなく、悲しかった。

 臨也は泣き崩れるようにソファに沈む。なんで怒っているの。どうして、よくまわるこの口は動いてくれないの。


(行かないで…っ…!)


 重い空気はここにあって、このままではいけないのだと、このままでは終わってしまうと、それでは嫌なんだと思っていながらも開いた口からは何の言葉も出てこなかった。
 大嫌いなのだと、はっきりとした怒りを含み、言われてしまってはどうしていいか臨也にはわからなかった。

 ガチャリと鳴るドア、行かないでと心の中で叫ぶ。
 遠退く足音に、思い出がかき消されていくようだった。



「シズちゃん…ッ!」



 漸く発した声は届くことなく、部屋の中で反響し消えた。
 今までの記憶は、こんな泡のように軽かっただろうか。こんなにも簡単に終わってしまうものだっただろうか。
 絶え間なく流れる涙を止めるすべも、がらんどうの心を埋めるものも何もなかった。


 朝日が昇れば、またふりだしから始まるのだろうか。
 また、喧嘩をし続けていたあの頃に?
 それとも、付き合いだしたあの頃?

 ひとこと、ごめんと言えば変わっていたのだろうか。



 心が、身体が、叫んだ
 愛し合えと、愛してくれと、ただ無責任に。




   後悔先に立たず





(20110406)

akira様タイトルリクエスト
「後悔先に立たず」

遅くなってしまってすみません!
タイトル的に失恋話にしてみました…。
甘いお話がお好みでしたら書き直しますので、どうぞご気軽に^^
リクエストありがとうございました!

あっ喧嘩の理由は考えていないという…すみません><。

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