愛しい君を愛そう | ナノ




「ばかみたいだ。」


おはよう、臨也。身を起こした臨也に新羅はそう告げると臨也は今、静雄が出ていったばかりの方へ視線を送り、ぽつりと呟いた。


「ばか、みたいだ。」


肩を抱くように身を縮め顔を埋めると、ズボンに小さな涙のしみをつくった。









「やあ、シーズちゃん。」


春に近づいているのにも関わらず寒い日が続く中でも臨也はいつもの軽装で池袋の街を訪れていた。渦巻くような人ごみの中で、臨也は静雄を見つけ出し笑みを零しながら名前を呼ぶ。静雄は一瞬身体を強張らせたが、ゆっくりと振り向き臨也を視界の端にとらえる。
にこっと臨也が微笑むのとは逆に、静雄は顔を歪める。


「手前、身体は。」
「…ただの脳震盪だって、新羅も言ってたでしょ? さっさと帰っちゃうなんてシズちゃんのバーカ。」
「そう、だな。悪かった。」

「―――…、ねえ、」


―――…俺のこと、ちゃんと見てよ。
凛とした声が鼓膜を揺らした。静雄ははっとして臨也の赤い瞳を見る。やっと見たね、と臨也は舌を出してからかうが静雄の表情は曇ったままであった。


昨日、静雄と臨也はいつものように60階通り全体で追いかけっこという名の戦争を勃発させていた。静雄の大きな怒声が響き、臨也は笑いならがナイフを投げた。
いつものように行われるそれは、いつものようにサイモンの登場により終結する予定、だった。それは静雄も、臨也も思っていたことだったが、今回はそういたらなかった。

静雄がガードレールを振りかぶった反動で舞い上がった破片や埃。臨也はその瞬間に瞬きを一回。その一瞬に反応が遅れ、気づけば臨也の身体は宙を舞っていた。だが静雄も瞬間的に手を緩め、止まれと叫んでいたのだ。だがその声も空しく臨也は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまった。

急いで新羅のマンションに運び、治療を施したが目覚めない臨也に静雄はある言葉を口にしていた。


「“俺、やっぱり化け物なんだな”」
「――…ッ!」


静雄の様子を見るように臨也はあの時の言葉を口にする。

あの時、静雄は臨也の前髪を払いながら小さく震えた声でごめんと呟いた。布団から覗く臨也の腕に手を伸ばしたが、すんでのところで手をひっこめてしまう。


『握ってあげたら? 起きるかもよ?』


新羅のその言葉に静雄は、また同じ言葉を返した。


「“俺は、化け物だから”」
「て、前、…起きてたのか、」
「起きてたよ、シズちゃんが頭撫でてくれたからじっとしてた。」


恥ずかしそうに笑う。だがその表情も一瞬で、すぐに暗いものへと変わってしまった。そして臨也は、ねえ、とまた続ける。


「ねえ、シズちゃん。化け物ってひと括りにして逃げないでよ。シズちゃんはいつもそうだ、愛されてるのに、本当はそれを知ってるのに、愛を知らない振りをする。馬鹿であろうとしてるよね、本当は馬鹿なんかじゃないのに。」


静雄の返答を求めていないように、臨也は続ける。それは、今まで溜め込んできたものを爆発させているかのように感情的だった。


「シズちゃんの態度は俺を大切にしようとしての行動じゃない! ただ自分が怖いだけだろッ?! ねえ、シズちゃん、…どれだけ好きだったらしずちゃんは俺を抱きしめてくれるんだよ、どうしたら、俺の気持ちは届くのかな、俺は化け物だからって言われたら、俺は何て返せばいいの?」


…ばかみたいだ。
臨也は小さく呟いて、肩を落とす。静雄はただただ臨也の叫びに呆然としていた。

臨也はきっと、頭を撫でれば嬉しそうに頬を赤らめただろう。手を引けば優しく握り返してくれただろう。
ただ静雄は、この力が怖かった。標識をねじ曲げ、ガードレールを剥がしてしまう強靭なこの力が静雄は怖かった。
自分とは違って、普通の人間である臨也を壊してしまうのではないかと。

溢れる人混みの中。だがもうそれは2人だけの世界だった。真剣な臨也の眼差しは、周りの音を消し去り静雄の心臓を早くする。
不意に差し出された手に視線を泳がした。


「シズちゃん、ほら、握って?」
「いや…、」
「嫌?」
「違ッ、」

「じゃあ、抱きしめてよ、」


ぽすっ、と臨也は静雄の腕の中に沈んだ。それは抱き締めたというより、静雄の胸板に額をつけたような形だった。
抱き締めて、大丈夫なんだろうか。静雄の中で不安が募る。力加減がわからない。腕を回して背中に触れようと手が動くが、どうしても触れる事ができない。


「ねえ、俺は、シズちゃんをどれだけ好きになっても…抱き締められる事さえ叶わないの?」


胸が、痛んだ。どうしようもなくズキズキと痛んでヒュッ、と息を飲む音がやけに大きく聞こえた。
それをどう捉えたのか、臨也は「ばか、みたいだ。」とまた呟いた。


こんな恋愛があってたまるか。だったら俺はシズちゃんなんて好きにならなければよかった。シズちゃんは俺に対して罪悪感しかないの?

止め処なく臨也の口から溢れる感情を、静雄は全て受け止める。
静雄は力に怖がってツラい思いをしているのは、自分だけだと思っていたのだ。ただ自分がこんな力を持って生まれてきてしまったのがいけないのだと、触れてはいけないのだと勝手に思い込んでいた。

静雄のベストにすがるように臨也は手をかけ、額をぐいぐいと押し付けていた。臨也、と呼ぶと肩が揺れた。


「…ごめんな、」
「なんで、謝るの、」

「…好きだ。すげえ好きなんだ。たまらねえぐらいに、臨也が好きだ。」


――…抱き締めて、いいか?
情けなくも震えてしまった声。


「そういうのは、相手の了解を得るものじゃない。そんなの、――…当たり前でしょ…!」


初めて抱き締めたその小さな身体は、女性のように柔らかいものではないが優しい暖かさに包まれていた。黒髪に頬を寄せれば、涙に潤んだ赤い瞳が覗く。

ほら、怖くない。臨也はへにゃりと涙でくしゃくしゃな顔で笑った。



しい君をそう



(20110228)

彩奈さまリクエスト「切甘:臨也を壊してしまわないか不安がる静雄と、静雄の全部を受け入れようと必死になる臨也」でした!

遅くなってしまい申し訳ありませんー!
彩奈さまには毎回お世話になっています><
感謝の気持ちを込めて書かせて頂きましたが、臨也さんを泣かせるのが私は好きなようでして…すみません、泣かせました…!
リテイクも受け付けております!
これからもどうぞ当サイトをよろしくお願いいたします!
リクエストありがとうございました!

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