仮初なんてものではなくて、 | ナノ




「津軽、抱きしめてくれない?」

音も立てずに臨也は帰宅すると、自宅でいつも笑顔を向けてくれるアンドロイド――、津軽の元に歩み寄る。そして、そっとその胸の中に飛び込んだ。
津軽は臨也の黒髪を撫でながら震える肩を抱き、小さな力で抱きしめる。


「臨也、」


小さくなってしまった肩を必死に抱きしめる。腕の中から聞こえた嗚咽に胸が痛むのを感じながら離さずにいると、臨也のか細い声が洩れた。

それは津軽と呼ぶ声ではなく、紡がれた言葉は津軽と同じ顔を持つ平和島静雄の名だった。
シズちゃん、と呼ぶその声に津軽は聞こえない振りをして臨也の名前を呼び続ける。


アンドロイドである津軽は、平和島静雄をオリジナルとして作られた人型PCであった。
声も、顔も仕草ですら静雄をもとに製作された。津軽を製作したのは臨也自身だ。

それは、臨也が静雄への想いを形にしたもなのだ。




仮初なんてものではなくて、




ありがとうと言って胸の中から逃げてしまう臨也の呼び止め方を津軽は知らない。着たままだったコートを脱ぎ捨て、パソコンに向かう臨也に津軽はコーヒーを淹れると頬にできた小さな切り傷に指を這わせた。


「津軽、痛い。」
「だから、手当てした方がいい。」
「面倒くさい。」
「手当てするのは俺だろ?」
「ふふっ、よろしく。」


ようやく笑った、と津軽が安堵すると顔にでてしまったのか臨也が不思議そうな表情をした。なんでもないと告げると臨也はパソコンへと視線を戻しまう。
無造作に置かれるコートを回収してハンガーにかけ、ついでに救急箱を手にとった。
ガーゼに消毒液をかけて、傷を拭くと臨也の表情が痛みに歪んだ。


「また、静雄と喧嘩したのか?」
「…そうだよ。」
「無茶するなって言っただろ。」
「別に無茶なんてしてない、」
「怪我したらそれは無茶してるのと一緒だ。…今日は何を投げられたんだ」
「標識。ちょっと掠っただけ、…痛い、津軽。」
「痛くしてるんだ。臨也、いい加減に、」

「うるさい!」


ぴしゃりと言い放たれ津軽は開いた口を閉じる。
臨也はもういいから、と津軽の手を払ってしまった。臨也は、静雄にどんな傷を負わされても池袋に行く事をやめなかった。腕を折られそうになっても、来るなと言わせても、死ねと言われても臨也は不敵な笑みを浮かべ静雄をからかい続けた。
だがそれは静雄の前だけの強がり。臨也は自宅へとかえってくると津軽に泣きだしそうな顔を見せた。

何度も抱きしめてほしい、撫でてほしい、名前を呼んでほしいと訴え津軽はそれを叶えてきた。
だが、腕の中で呼ばれる名は平和島静雄だけ。


(俺は、津軽。)


人型PCと言えど、情も沸く。感情もある。恋慕も、抱くのだ。
身の回りの世話をしてほしいという願いのもと、つくられたが津軽の中で臨也は大切な存在となっていった。


それは紛れもなく、恋だった。









イライラしていた。
平和島静雄の行動の理由など、それだけで十分だった。取立ての最中に黒い物体を視野に捕らええてしまった。瞬間的に湧き上がる苛立ち。静雄は自身をイライラさせる折原臨也の事が大嫌いだった。それは腸が煮えくり返りそうなぐらいには。
携帯を見ながら軽い足取りで歩く臨也を捕らえた静雄は上司であるトムの忠告すらも聞き耳を持たずに近くにあったどこの店ともわからない看板を手にとり投げつける。
そんなものは日常茶飯事で、会話とはいえない会話をして逃げる臨也を追うのもまたいつものパターンである。だが、静雄の怒りはどうしてもおさまらず、新宿にある臨也のマンションへ直接殴り来ている事が、臨也にとって予想外だった。

静雄は未だ臨也が帰ってきていない事を知らずにエントランスに入り込み、チャイムを鳴らすことはなくを足振り上げる。


『それは勘弁してくれよ。』


その時だった。
低いテノールの声がエントランスに響いた。ビクリと肩を揺らし静雄は足を下ろすと、声の聞こえた方へ視線を流す。


「臨也か?」
『違うな。』
「んじゃ誰だよ、手前。」
『…臨也はまだ帰ってきてない。』
「手前――、」


「何、してるの。シズちゃん。」


静雄は響く声に違和感を覚えた頃。凛とした声がその思考を隔てた。臨也の手にはすでにナイフが握られていた。


「手前を殴りに来たんだけどよォ、」
「いい迷惑だ。帰りなよ。」
「さっきの、なんだ?」
「…さっきの?」

「あれよォ、――――…俺の声、だよなァ。」


赤い瞳が見開かれ、開いた口から否定の言葉が溢れるが静雄は気にせずまた扉を破壊しようと足を上げる。
静雄の目的は臨也を殴ることから、さっきの声をもう一度出させることに摩り替わっていた。


『お、』
「津軽は黙ってて!」


部屋からこの状況を見ているだろう津軽に叫び、懐からナイフを取り出し静雄に飛び掛る。背中に一閃するが、微動だににない静雄に舌打ちを零すと静雄がその腕を取った。触れられたことにビクリと身体を震わすと、なあ、とドスの効いた声が降る。


「さっきの、俺の声、だよなァ…?」


違うともそうだとも言えない臨也はぐ、と唇を噛む。それをどう受け取ったのか、静雄は臨也の身体を押しのけるとその茶色の瞳が冷たく光った。


「何企んでるか知ねえがよ、」

――――…気持ち悪いんだよ、

背筋が冷えていくのを感じ、臨也はただ立ち尽くすしかできなかった。




(20110204)

最低な静雄を目指して頑張りました静雄ファンです!
次はR18指定となりますのでご注意くださいませ!
続きます…。

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