優しい涙になるように | ナノ



優しい涙になるように



「軽い熱だよ、大丈夫。」

あのまま臨也は静雄の腕の中で意識を失い、新羅のマンションまで連れてこられていた。臨也を抱き抱えた静雄に新羅はぎょっと目を見開いていたが、臨也の異変に気付き、手慣れた手つきで対応してくれたのだった。

ついさっきまで荒い息をしていた臨也だったが、いまでは落ち着きを取り戻し、安定した呼吸を繰り返している。静雄は眠る臨也の前髪が軽く払って、額に触れる。未だ淡い熱を持つその額に瞳を細めた。

「最近、急に寒くなってきたからね。体調管理が難しかったんだと思うよ。」
「……かなり、辛そうだった。」
「臨也は真顔で無理するタイプだからねえ。」

でも、と続ける新羅に静雄はふと視線を上げる。

「心配してくれる人が居るのはとても幸せなことだよ。」

臨也もきっとそう思っているはずさ。新羅は臨也の顔を見ながら穏やかに笑った。静雄もまた、早く起きろといわんばかりにまた前髪を払ってやる。少し熱い息を吐きながら、臨也は身じろいだ。

(こうやって、接してやればよかったのか。)

ふるりと揺れる睫毛に、静雄は学生のころ、初めて臨也が倒れた時のことを思い出す。あの時も、臨也は辛そうな顔をしてベッドに伏せていた。

あの時は信じがたい状況に気が動転していた。天敵であり、弱みなど見せたことのないあの折原臨也が弱弱しく目の前で倒れたのだ。そこで初めて臨也が虚弱体質なのだ、と告げられ静雄は息を飲む経験をした。

そしてその瞬間に、ああ、俺は何をしてしまったんだ、という激しい後悔。

そんなにツラいのなら、長い時間追いかけ回したりしなかったというのに。静雄は自分の力を呪った。
気がついた臨也は静雄の顔を見た瞬間、表情を歪ませたがすぐにあのいつもの笑みを浮かべていた。そんな強がりを見せる臨也に静雄は謝罪の言葉を口にしていた。
プライドの高い臨也だ、傷付くとわかっていながらも謝らずにはいられなかった。案の定臨也からは怒声が続き、静雄は伏し目がちに保健室から出ていったのだ。

(傍に居るだけでよかったんだな。)

あの時も、目覚めるまで隣に居て臨也が目覚めたら嫌みのひとつでもいってやれば良かった、と静雄は閉じられた瞳を見つめた。

「……何か飲み物でもいれるよ。ごゆっくり。」

新羅は至極穏やかな声色で告げ、ぱたぱたとスリッパを鳴らし部屋を後にする。残された二人は、ただ静かに同じ空気を吸い続けた。


暫くすると、閉じられていた瞳が薄く開かれ、とろりとした赤い色が覗く。臨也は定まらない焦点を静雄に向けると、あー、と小さく声を洩らした。何度か目を瞬かせ、瞼を擦る。

「……シズちゃんだ、」
「おう。」
「あー、うん。シズちゃん、」
「忘れて、とか言うなよ。」
「……、」

視線を泳がす臨也に、前もって釘を刺す。静雄の目の前で倒れた事、弱い自分を見せた事、残っているであろう抱き締めあった感触をきっと、臨也は忘れてくれと言うのだ。忘れてなどやるものか、と静雄は強く思う。やっと掴めた大切なものなのだから。

「臨也、」

静雄はそっと臨也の名前を呼ぶ。交わる視線。

「ブクロは空気が悪すぎるだろ。…もっと、空気がうまいとこに行かねえか?」
「どうゆう意味?」
「冬もそんなに気温の下がらない所がいい。夏もな。」

どうだ? というそれは静雄からの提案だった。虚弱体質の臨也にとって、汚れた空気は酷い咳を起こさせ、気温の変化は体調に異常をきたす。

「俺は人間がすき。だから人間が大勢居る池袋がすき。」
「知ってる。」

でも、と続ける臨也は視線を天井へと移し、そっと瞳を閉じた。

「シズちゃんと一緒なら、いいかもね。」

臨也の中で、甘えろ、と言った静雄の声が反響する。今まで必死に生きてきた中で、手の差し伸べた事を後悔させてやる。責任を取ってみせろ。臨也は今できる精一杯の虚勢をはってやる。だが瞳を開いて見えた静雄の表情は、温かく安心したように微笑していた。

(こんな表情ができたんだ。)

学生の頃とは違う表情に臨也は他人事のように思った。静雄はそのまま、いくつもの提案を続けていく。

「俺と手前の事を誰も知らない土地がいいよな。」
「そうだね、その方が自由だ。」
「情報屋なんて、やめられるぞ。」
「ははっ、身が軽くなるね!」
「俺が手前を養う。」
「うん。シズちゃんって農作業とか似合いそうだ。」

扉を隔てた向こうには、静雄の紅茶を持った新羅が佇んでいた。ふたりの他愛ない話を聞き、小さく笑みを溢すが中に入る事無くリビングへと戻っていく。

口下手のはずの静雄は、饒舌に、だが時々はごもりながらも言葉を紡いでいく。こんなに会話が続いているのは初めてだと思いながら、臨也も相づちを打った。

「プロポーズみたい。」

ふと、臨也がそう呟くと、静雄は目を見開いた。そして真剣な目をしてギシッと臨也の顔に手のひらをつく。縮まる距離に、え、と臨也は声を洩らした。視界いっぱいに広がる金色に、熱がぶりかえしたかのように顔が熱くなる。



「みたい、じゃねえよ。」



シズちゃん、と呼ぶために動いた口は静雄の唇によって塞がれてしまった。






(20101204)

雪さまリクエスト「“涙をあたためて”続編でラブラブ静臨」でした!

ラブラブ要素が少なくてすみません…前回ので付き合ったのか付き合ってないのか曖昧だったので静雄さんに頑張っていただきました!
早速の続編希望、本当に嬉しかったです>///<
弱ってる臨也さんっていいですよね!!

リテイク等承りますので、ご気軽にどうぞ!
この度はリクエストありがとうございました!



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -