世界は僕を手放した | ナノ





 寝るぞ、と静雄が言えば臨也は珍しく弱々しい返事だったがわかったと返した。
 いつもは必ず先に寝ていてくれと言っていた。変わってきている事に実感しながら、静雄は臨也の手を握った。

 いつものように臨也の背中を包み込むように抱き寄せ、手を重ねる。二人の呼吸だけが響く部屋はシーツの擦れる音すら、大きく聞こえた。


「ねえ、シズちゃん。仕事、行かなくていいわけ」
「長期休暇貰ってるから問題ねえよ」
「……そう」


 弱々しい臨也の返答。
 大丈夫か、と静雄が聞く事は無かった。聞けば必ず大丈夫だと答えるに決まっているとわかっているからだ。
 臨也はそれから口を閉ざし、おやすみ、と布団を被った。
 おやすみ。
 それは眠れそうだという臨也の合図だった。
 おやすみ。
 静雄もそう呟いて、ゆっくりと瞼を閉じれば、温もりを感じながら睡魔に誘われた。


 静雄の寝息を聞きながら、臨也は被った布団から顔を出す。振り返り静雄の表情を盗み見て、臨也は心臓を握られたように苦しくなるのを感じていた。
 毎晩、静雄が寝たのを確認してから臨也が起きている事を静雄は知らない。
 静雄を起こさないように臨也は身を起こし、少し幼くみえる静雄の寝顔を見ながら表情を曇らせた。伸ばす手は金髪へと進むが、触れることなく拳をつくる。


「シズちゃん」


 暗闇に溶けるような声。消え入りそうなか細い声で呟いて、臨也は奥歯を噛むと声のボルテージを上げまた静雄の名を呼んだ。


「シズちゃんっ」


 起きて、とでもいわんばかりに臨也は静雄の名を叫んだ。毛布を握る手は強く握られている。
 シズちゃん、と再度呼べば隣に温もりが感じられない事に気づいた静雄は重い瞼を薄く開いた。もぞもぞと音を立てながら、頭を上げ黒髪を探す。臨也、と掠れた声。視界に映った臨也の姿に目を擦った。




「――…別れよう」




 これは、夢か。
 見開いた瞳、視界に映るのは俯いた臨也の姿だけ。静雄は息をするのを忘れ、なに、とだけ呟いた。
 別れよう、シズちゃん。
 繰り返される言葉に静雄はなんでだよ、としか答える事ができなかった。身を起こし、臨也と向き合う。震える肩を掴むと、


「触るな」


 冷たい声が部屋に響いた。
 それでも静雄はくしゃりと頭を抱き込めば、臨也はひたすらに繰り返す。
 ごめんね、ごめんね、面倒かけてごめん、汚くてごめん、醜くてごめん、気持ち悪くてごめん、ごめん、嫌われたくないんだ、ごめんね、だから、ごめん、別れようよ。


「ごめん、シズ、ちゃん…お願い…お願い、だから、別れよう…!」


 お願い、お願いだから。
 嗚咽を含ませながら、臨也何度も繰り返し別れようと言う。だが比例するように背にまわった腕が静雄の背中を抱き締めては離さなかった。
 静雄のトレーナーをしっかりと掴み、胸板に額を擦り付ける。別れよう、別れようよ。紡がれる言葉とは裏腹の行動に、強靭な身体では感じないはずの痛みを感じていた。


「何日でも何年でも、抱き締めてやるから。」


 助けたい。見えない傷を癒してやりたい。泣くな、泣くな、泣かないでくれ。
 ぎゅうぎゅうと抱き締め別れようと呟く声が消え、嗚咽だけが続く。


「気持ち悪くねえ、醜くねえ、汚くなんてねえ、嫌いになるはずがねえ!」


 視界に広がるシーツに黒の斑点ができていた。そこで初めて、静雄は自身が涙している事に気づいた。


「面倒な訳がねえ! 俺がしたくてしてんだ、俺が臨也と居たくて居るんだっ! 俺は手前を勝手に疑った最低な野郎だ、手前が好きで男と寝てるってな。そんな訳がないのに! それなのに手前はこうやって抱き締めてくれてる、隣に居てくれる…それだけで嬉しい。……だから、別れるなんて言うなよ…!」


 これはもう、臨也だけの傷ではなくなっていた。静雄も同じように傷付き、後悔を重ねていた。
 臨也は静雄が自分のせいで仕事を休み、付きっきりで居る事に罪悪感を抱きながらも離れて欲しくないと思ってしまう自分がただただ嫌で、助けられなかった罪悪感と臨也を想う気持ちが強い静雄。
 二人で乗り越えよう、二人で癒そう。
 確かめ合うようにちゅ、ちゅ、とキスをして流れる涙を拭う。
 この動作も何度目だろう、と考えているとシズちゃんも泣いてる、と申し訳なさそうに臨也は笑った。


「ねえ、シズちゃん。」


―――…抱いて、くれる?
―――…俺とセックス、できる?
―――…俺、シズちゃん、とシたいよ。

 シズちゃんと、シたいんだ。ただ一人、愛する人としたいんだよ。
 お願い、と臨也は微かに言う。静雄の答えはただひとつだ。


「俺は臨也が良い。臨也を抱きたい」


 いいのか、とは聞かない。聞かずとも、臨也は静雄の首に腕を回していた。


「………シズちゃんで、気持ちよく、なり、たい」




(20110416)

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