世界は僕を手放した | ナノ




 あれから静雄は臨也と行動を共にした。必要ないと言う臨也の言葉は聞き入れず、暫くの間臨也のマンションに居座ると宣言し1週間が経過していた。


 何日経とうと、静雄が居ようと臨也は寝るという行為をしようとはせず、椅子やソファーに腰をつき本を読み始める。コーヒーを飲みながら、ただひたすら時間が過ぎるのを待った。
 だがもう時計は12の数字をとうに過ぎている。未だに寝る様子もない臨也に静雄は座っていたソファーから立ち上がり、テレビを消すと臨也と名前を呼んだ。


「臨也、寝るぞ」
「先に寝ていいよ、」
「駄目だ。そう言って寝ねぇつもりだろ。わかってんだよ」
「寝るってば、先に寝てて良いって言ってるの」

「駄目だ。」


 少し強く臨也の腕を引いて無理やり立ち上がらせる。とった腕は1週間前より肉がついていた。
 肉体的、精神的にショックを受けているから心のケアが重要だよ。眉を寄せ悲痛な表情で言う新羅の言葉に静雄は共に居ようと決め、食事、睡眠を取ろうとしない臨也の背を押した。

 引かれた腕に臨也は小さく表情を曇らせる。何と言おうと静雄はベッドに連れていくのだ。あの寝室へ。


「…わかったよ、」


 広げた本を仕舞い臨也は立ち上がり静雄に腕をひかれ階段を上がる。あの寝室へと向かう度に、臨也はぐっと目を瞑った。


「大丈夫だ」


 捕まれた腕はいつの間にか解放され、優しく手を握られていた。弱々しく臨也は頷いて、寝室の扉を開いた。









 あの寝室もシーツを新調し写真も全て処分した。部屋にあった青臭さは無くなり今までの事が無かったかのような空間に変わっている。部屋の入り口で立ちすくむ臨也を手招きし静雄はベッドの中に沈んだ。
 大丈夫だ、と真っ直ぐ赤い瞳を見据え呟く。不安と恐怖に滲んだ瞳を揺らがせ臨也はしてる静雄の手をとった。



「寝られない、シズちゃん」
「…何か話すか」


 小さな背を包むように静雄は臨也に寄り添う。手のひらを重ねるのは、ここにちゃんと居る事を示していた。
 だが不眠症は簡単に治るものではなく、安心できる相手である静雄が居ようとすんなりと寝られる事はない。毎回、眠れないと臨也は今にも泣きそうな声で訴えていた。


「明日は何が食いたい?」
「…なんだろ。シズちゃんが食べたいのでいいよ。俺が作っても、いいし」
「じゃあ手前の手料理が食いてえな」
「うん、いいよ」


 平凡な会話だった。
 なんの変わりもない、あの夜より前にも交わされた会話。ただそれが臨也の心を癒した。

 だが未だ眠れない。臨也は何度も瞼を擦るが眠気はどうしても襲ってこなかった。


「聞いて、いいか」
「…いいよ」


 一定の時間、眠りが来なければいつも始まる。質疑応答。それはあの夜の事。今までの事。あの男の事。これからの事。様々な事柄を話す時間だ。
 時計の時間を刻む音だけが響く部屋。臨也の耳元で静雄が息を吸う音が聞こえた。


「俺が電話した時はもう、遅かったのか?」
「…最中、だった」


 重なった手のひら。シーツをぎゅっと握り、臨也は自嘲を込めながら言う。その声は、微かに震えていた。
 その声に、静雄は息を飲む。最中だった、という事実に目の前が真っ暗になったように感じた。

 この質疑応答の中で生まれる感情は後悔ばかりだ。なぜ気付けなかったのかと、どうして何もできなかったのかと沸き上がる後悔は自身への苛立ちへと変わる。


「シズちゃん」


 痛いよ。
 静雄より少し小さい手のひら。痛い程に握られたそれに空いている片手でぽんぽんと叩いた。
 痛むのは、手のひらか胸の奥なのか。
 静雄は悪い、と歯切れ悪く答えた。その謝罪は握った手のひらの事か、それとも。


「おやすみ、」


 シーツの擦れる音。もぞもぞと臨也は布団を引き上げ顔を隠した。


「…おやすみ、臨也」


 安息の眠りを。
 少しでも安心して寝てくれればと、ただ祈った。





(20110311)

俺にできる事はこんなことしかないのだろうか。



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