世界は僕を手放した | ナノ



泣きじゃくる臨也の姿にズキリと胸を痛めながら、背中を擦り宥めていく。嗚咽がワイシャツにこもり、静かな部屋に消える。
臨也が落ち着くまで背を撫で、それはピンポーンという機械音が響くまで続けられた。

その鳴らされたチャイムが新羅とセルティが到着した事を知らせている事は安易に想像がついた。静雄は出ていいか? と未だ少し震える臨也の肩を抱いて聞くとコクリと頷くのを確認する。了承を得てからモニターをチェックすると、案の定新羅とセルティの姿が写った。
ロックを解除し中に入れるように設定すると、画面から2人の姿が消えた。


「新羅、呼んだからな。」
「…みんな、本当にお節介でお人好しだよね。」


少し震えた声でそんな事を言おうが、虚勢を張っているようにしか見えない事を臨也は気づいているのだろうか。静雄は臨也の黒髪を乱雑に掻いた。



新羅が玄関を上がり臨也の姿を見た瞬間、表情が曇った。急ぎながらガタガタと持ってきた荷物を臨也の座るソファーの周りに広げ始めると、漸く臨也が口を開く。


「…やあ新羅。」


声が引きつらないように注意しながら紡いだ言葉は予想以上に平淡な声色となっていた。いつもはうるさい新羅は黙々と作業を進め、少し後ろに立つセルティも新羅の異変におろおろとするばかりだった。


「僕は今、猛烈に腹がたっているんだ。」


臨也の腕を無理やり取り、腕をまくる。す、と取り出したのは点滴のようで、臨也は前に新羅宅を訪れた事を思い出した。淡々としながらもどこか、ふつふつと怒りのこもった声に疑問の声をあげようとするがチクリ、と点滴の針が刺さり痛みに一瞬顔を歪めた。


「確かに部屋でのたれ死んでるかもしれないとは思ったさ。ねえ、臨也。最後に寝たのはいつ? 食事をしたのはいつだい?」
「…最後に寝たのは、新羅のマンションでかな。食事は…覚えてないよ。」
「よくそれで大丈夫だと思ったもんだね。」
「わからない。寝たかもしれないけど記憶が無い。気づいたら朝で、気づいたら夜だったんだ。」
「それぐらい君は切羽詰まっていて、苦しんでいたって事だよ。」
「……そうかもね、」


さすがに臨也の発言に静雄も眉を潜める。今まで何も食べていない? 一週間もか?
おい、と2人の会話にわって入ろうと口を開いたが新羅の低い声に口をつぐむ。


「君にもプライドがあったのかもしれないけれど、不安にさせた君も多少は悪いんだ。」
「――…お人好しになったね、新羅。俺に説教なんて。本当に、調子、狂う…、」


ぽたり。ズボンにまた楕円の染みをつくる。ぽたり、ぽたり、と何度も落ちてくる涙を止めようと臨也は強く瞼を擦るが洪水のように止まらないそれは手のひらを濡らすだけに終わった。


「水分もろくに補給してないんでしょ? …浪費、しないようにね。」


優しく黒髪を撫でる。点滴のパックをフックにかけると数歩身を引いた。ぅ、と小さな嗚咽が聞こえ始めた時、ソファーの後ろからす、と手が伸びたのだった。

「臨也。」
「し、ずちゃ、…涙、枯れる、かも…、」

「――…もう、大丈夫だから、」


怖かったよな。
静雄が後ろから宥めるように肩を抱く。ごめんな、と静雄の声も僅かに震えていた。
いつもならば、笑みを浮かべ、何言ってんの? の言い放つ臨也も回された腕にしがみつく。もう離したくないというように、指先が白くなるほどに静雄の腕を掴んだ。


「…ごめ、しず、ちゃ…ごめん、ね…! 俺、シズちゃんが、…シズちゃんが、すき、なのに、…シズちゃんじゃなきゃ、いや、なのに…! 俺ッ…!」


愛する人間以外からの愛撫を受け入れ、身体がそれを欲した。それは静雄からの好意を踏みにじったかのような感覚だった。誰でも良かったのか。 身体は正直者なのか、

愛する者はひとりだったはずなのに。

目を閉じれば思い出すあの夜。自分が自分でないような感覚。あれは強姦と呼べるのだろうか。臨也の身体は確かに悦んでいた。あれを、強姦と呼べるだろうか。

ごめんね、と繰り返す臨也の口に静雄はそっと口付ける。それは臨也が犯されてから、初めて望んでのキスだった。静雄は臨也に答えるように。臨也もまた静雄の想いに答えるように絡めあう。涙で濡れた唇は少ししょぱい。さっきのキスとはまた違う意味で繰り返されるその行為。傷を舐めるように、全てを受け入れようとするように。合間に洩れるシズちゃんと言う言葉を聞きながら、噛みつくような接吻を繰り返した。





「泣いてるのかい、セルティ。」


ゆらゆらと黒い影が揺れる。どことなく、どんよりと重いようにその影に新羅は腕を伸ばすと優しく絡み付いた。
セルティはPDAを取りだすが打つ手が一瞬止まり、カタカタとゆっくりとした手つきで文字を打った。


『想像以上だった。……ツラいな。』
「そうだね。臨也のあんな声、表情、何もかも初めてだよ。静雄もだけどね。」
『もう、臨也は大丈夫なのか?』
「あとは、静雄と臨也の問題だと思う。犯人は探しだして相応の制裁を下せばいい。体調管理は私が居るんだから。……臨也のあのプライドをズタズタにしたんだ。長期戦かもしれないね。」


心のケア、犯人の特定…やらなければならない事は未だ多く残されている。だが、友人の安全を確保出来た事に新羅は胸を撫で下ろしホッと息をついた。
携帯を取りだし門田に連絡をつける。あと僕たちにできるのは犯人探しだよ。

静雄は好きだと囁きながら、持てる限りの愛を臨也に伝えたいと思った。



(20110216)

臨也さん、無事救出。

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