世界は僕を手放した | ナノ




俺は、何を言っているんだ。静雄はぐちゃぐちゃになる思考を必死に整理させようとしていた。だが広いこの部屋は静雄の焦りを嘲笑うかのように静けさを纏う。


「行かなきゃいけねえんだ、わかってんだ、」


背を丸め金髪を乱暴に掻きむしる。新羅は白衣を翻しキッチンへと消えてしまった。セルティは肩を落としながら、静かに腰を落ち着かせる。PDAに何か打ち込もうと影が揺らめくが、何も打ち込まずにPDAを持つ腕を落とす。暫くすると紅茶を煎れた新羅が戻ってきた。


「実際の所、僕は臨也がどうなっても、どんな状況でも構わない関係ない、興味はない。」
『何を言って!』
「私はセルティさえ居れば良い。君と臨也が別れようが何しようがどうでもいいのさ。」
「…何が、言いたい。」
「言葉通りだよ。」


そう言って新羅はまた席を離れる。そして自室へ入っていったしまった。俯き気味だった新羅から表情は読み取れなかったが、新羅には珍しく冷たい声をしていた。しん、とする部屋に痺れを切らしたセルティは落ちた静雄の肩をぽん、と叩く。新羅の態度にセルティは悲しそうに影を揺らした。表情が無くとも、なんとなくだが静雄はそれを感じとり、セルティは悪くねえよ、と声をかけた。

そして、ゆっくりと静雄は口を開く。


「臨也をいつ好きになったかなんて覚えてねえんだ、アイツとは高校で出会ってそれからずっと一緒に居る。」


静雄の言葉にセルティは耳を傾けるように影を揺らす。
――…だから好きになった。
そう言う静雄の顔はとても穏やかだった。


「恋とか愛とか、俺はそんなのとは無縁だと思ってた。けど告ったらアイツもオーケーだすしよ。やっぱりうまくいかないね、シズちゃんはってアイツは笑ってた。それからは変わらないとこもあったが、一緒に飯食ったり、お互いの家に行き来したりよ、今まで普通に会話なんてしたことすらなくて、俺はアイツの事を碌に知らなかった。逆にアイツは俺の事を知りまくってて、さすが情報屋って実感したな。だから…、だから、俺だけが臨也を好きになっていく感覚がしたんだ。夜に呼び止めても仕事があるって帰ったり、嘘をついたりする。嘘をつくなって言ってんじゃねえよ、つなくてもいいものでもアイツは平気で嘘をつくんだ。信頼されてねえんじゃねえかって、アイツは本当に俺に惚れてんのかって、不安になんだよ。俺だけがどんどんと抜け出せなくなってる気がするんだ。だからよ、もし、もう飽きたって言われたらって考えるんだ。今まで俺の隣を歩いてくれたのは臨也しか居なかったのに、…だからもし、いや、もしじゃねえのかもしんねえけど、今回の事が、臨也が俺に興味を無くしたのが原因だとしたら、俺は、」


時折微笑みながら昔話をする静雄だったが話すにつれ、表情は固くなり最後にはくしゃりと歪んだ。静雄はただただ不安だった。そして恐怖していた。臨也が好きで、好きだからこそ、静雄は悩んでいたのだ。


『……何て声をかけていいのか、わからない…すまない。』
「いいんだよ、俺の独りよがりだ。信用してねえ口振りだもんな、俺。好きなら信じてやれって話だ。臨也がツラい思いをしてんなら、助けてやるのが普通だよなァ?」
『私も、新羅が困っていたら助けてやりたいと思う。』
「あぁ、そうだよな。」


セルティが突き出したPDAに表示された文字を見つめている静雄の瞳は力強さを取り戻していた。再度頭を強く掻きむしり、すくりと立ち上がる。セルティが呆けていると、静雄は困ったような顔つきで笑う。


「アイツは誰かに束縛されるような、束縛できるような奴じゃねえかもしれねえが、俺もアイツを助けたいと思う。臨也の野郎が何で俺に言わないからわかんねえけど、それでも、」
『私は!』


ずいっと、視界いっぱいに突き出されたPDAに静雄はあっけらかんとしていた。


『私は、静雄にしか臨也は束縛できないと思うんだ!』


ただPDAを見せ、セルティはただただ静雄と向き合う。ある筈の無い首があったなら、きっと真剣な目付きをしているだろうと容易に想像がついた。


「行ってくるな。」


何かが吹っ切れたような、だが未だわだかまりがあるような複雑な表情。セルティの肩を叩いて早足でリビングを抜ける。静雄は新羅が籠ってしまった部屋の前で一度足を止め、奥にいる新羅を見据えるように扉の一点を見つめた。


「言ってた意味がわかった気がする、…悪い。」


その後、バタンッ、と扉を閉める強い音が静雄が出ていった事を告げるように響いた。

また静寂が訪れた部屋に、今度はカチャリと小さな音が響く。入れ替わるように新羅は部屋から姿を表した。


「やっと行ったか、」


セルティは駆け寄り、PDAに非難の声を打ち込む。


『新羅! どうして静雄ににあんな事を言ったんだ!』
「セルティも言ったじゃないか。私も新羅が困っていたら助けてやりたいと思う、って。それと一緒さ。」
『一緒って、…私は新羅を助けたいが、だからといって静雄を、他の誰かを見捨てたりは、』
「けど、1番に恋人を想っているだろう?」
『それは、』
「それで良いと僕は思う。周りよりも優先すべきは、大切な人だと。俺にとってのセルティのように。」


閉めた扉に寄りかかりながら、新羅は笑いそして呟く。―――…私も、人が良くなったものだね、と。それは闇医者としての顔ではなく2人の友人としての顔だった。セルティは3人の間にある見えない絆のような物にぽつりと取り残されたような感覚に陥る。踏み込めない、領域。羨ましい、という感情を抱いていると、新羅はセルティを抱き締めていた。








未だ6時だというのに、外は既に暗闇と化していた。どんよりとした空に、いつもなら光耀いている筈の星も月すらも隠れてしまっている。それは今の状況を暗示しているようで、静雄を一層焦らせた。
新羅のマンションを飛び出すと目映いライトに照らされ、その光に静雄は目を瞑る。細目で見れば、そこには見慣れたワゴンがついていた。開かれる助手席の窓から覗くのは、


「門田。」

「よう、…岸谷から連絡を貰った。臨也の事も聞いたからな。」


いつの間に、と思う瞬間部屋に籠ってしまってからかなりの時間があった事を思い出す。アイツはそんなに世話焼きだっただろうかと静雄は苦笑し、促されるままに静雄はワゴンに乗り込んだ。


「臨也は新宿に居るのか?」
「ああ、昨日行った時に微かにアイツの匂いがした。居る筈だ。」
「わかった。」


門田は運転手である渡草に場所を指示すると、すぐにエンジンがかけられる。曇る夜空、見えない星に臨也の無事を祈るしかなかった。






臨也が自分がストーキングされていると気づいたのは、点滴を打たれ新羅のマンションから帰った時だった。暗い面持ちで帰宅しエントランスに入った瞬間に目を引いた茶封筒。嫌な予感が脳裏を過った。オレンジの蛍光灯に包まれながら、臨也はそっとそれを掴み抜き去ると、両面を確認する。折原臨也様、としか書かれていない事に、ざわりと背筋に汗が流れた。震える手で封筒を破り、入っているのが写真だとわかると息を飲む。取り出すとそこにある大量のストーキング写真に口許を押さえずにはいられなかった。

嫌悪感が全身を纏う。人間が好きだと豪語していた折原臨也があの男に恐怖していた。暗闇の人間につけられる事はあっても、必ずそれに気付き撒く事が出来ていた。だが今回はつけられている事にも気付けず、写真まで撮られてしまった。ばっ、と振り返るが其処には誰も居ない。肩にのし掛かる、背中に刺さるような何かを臨也は拭えずに足早に自動ドアを開け、マンションの中に消えた。





「届け物よ。」

次の日、臨也の助手である波江が出勤と同時に差し出したものは昨夜見た封筒と全く同じものだった。臨也の寝不足で軽く隈ができてしまった酷い顔で、赤い瞳が見開かれた。臨也の表情に波江は首を傾げる。


「何よ。」
「いや、何でもないよご苦労様。」
「…貴方、昨日は寝たのかしら?」


荷物を置きながら波江は臨也の顔を一瞥する。先日外に行けと言った時と対して変わらない酷い顔つき。波江は眉を寄せたが、臨也は髪を掻き上げながらため息を溢し曖昧に受け流す。


「新羅のとこで少し寝たよ。……ねえ、波江さん。」
「今度は何かしら。」

「明日から長期休暇をあげるよ。」


そう言って全てをシャットアウトし、それから臨也は、自らのマンションから一歩も外に出ていないのだ。



(20101227)

静雄→→→←臨也だと思ってる静雄。
好きだからこそ不安。好きに優劣なんてないのにね。
20110121→加筆修正

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