世界は僕を手放した | ナノ





『やっぱり返信が無い。』


セルティがPDAを掲げ、新羅はその文字に表情を曇らせた。

臨也がまた寝にでも来る、と言って2日が経とうとしていた。あれから、臨也は池袋に姿を見せる事は無く、携帯にも連絡がつかない。完全に音信不通の状態。助手として働いている波江も、昨日から出勤していないようだった。電話やメールにも反応は無く、新羅の中で不安が募っていった。


(あの体調が回復してるとは思えない…、)


不安げにおろおろとたじろぐセルティを安心させるように新羅は笑うが、また倒れてもおかしくはない状態なはずの臨也の事を考え、新羅は真剣顔つきで言った。


「セルティ、ちょっと連れていってくれないかな?」
『…臨也のところか?』
「もしかしたら部屋でぶっ倒れてる可能性があるからね。」


冗談混じりに肩を竦めて言う。だが瞳は真剣だった。セルティはコクりと頷き、黒い影を揺らす。それは未だ太陽が昇りきりすでに沈みかけている、午後4時頃のことだった。






新羅はシューターに乗せられ、臨也のマンション前に来ていた。新羅はセルティにお礼を言い、静雄を自宅マンションへと来させておくようにお願いすると、セルティはまた頷いた。いつもの調子で新羅は愛してる! と叫ぶがセルティからはいつものように末尾に鉄拳が来る事は無い。苦手だと言いながらも心配しているのだろう。


『…臨也を、頼む。』
「優しいなあ、セルティは! …静雄を頼むよ。」
『わかった。』


シューターを走らせセルティは新宿からまた池袋へと向かっていく。流れる風に揺れる髪を押さえ、新羅はマンションを見上げた。再度携帯に連絡を入れてみるがやはりアナウンスの声が聞こえるだけに終わる。すれ違う男が白衣を着ている新羅に少し目を見開いて、そのまま通りすぎていった。エントランスに入ると、目についた集合ポスト。


「―……っ…なに…?」


異様な光景だった。
片付けられない家のような、茶封筒が大量に詰め込まれ取り出した形跡のない、ポスト。わざとらしく上部が投入口が見えている。ざわり、と背筋に何かが這っていった。そのポストには見間違えるはずもなく、折原と書かれている。恐る恐る飛び出ている茶封筒を抜き取ると、それを確認した。宛名は折原臨也様、とだけしか書かれていない。
その時、ふとさっきすれ違った男が脳裏に過る。まさか、と乾いた笑いを浮かべ封をされてない封筒の中身を取り出した。
それが情報屋として必要な機密情報の入った封筒かもしれない、というか可能性は新羅の中から消え去っていた。確信があった。辻褄が、もう新羅の中で、しっかりと出来上がっていたのだ。手首の傷。言えないこと。何かを隠している。…それらの答えがこの封筒の中にある、と新羅は焦りながらも中身を取り出すと、そこには。


「……っ―…やっぱりか…ッ!」


臨也をとらえた写真が、大量に入っていた。












東池袋中央公園。そこで静雄は座り込み煙草を吹かしていた。携帯を握りしめ、ディスプレイを見つめていると、シューターの唸り声に顔を上げる。


「…セルティ、どうかしたのか?」
『臨也から、連絡はあったか?』
「…ねえよ。繋がりもしねえ。連絡つかねえのはやめろって、言ったのによ。」
『新羅を、臨也のマンションに送った。』


静雄は下げていた視線をバッと上げるがまた視線を落とす。


「俺も行った。昨日。けどやっぱ何の反応も無かった。」
『それで、帰ってきたのか。』
「あいつ、何やってんだ? 訳わかんねえ、何なんだよ、……どうしたらいいんだかわかんねえ。」



「静雄、臨也は君を好きだと言っていたよ。」
「……あぁ、」
「好きだから言えないなんて、四肢滅裂だね。」
「そう、だな。」
「ねえ、静雄。君は、」



――…君は臨也が好きかい?
蘇る2日前の電話での会話。静雄はぐっと拳を握ると辛そうに顔を歪ませた。セルティはそんな静雄に来てくれ、とだけPDAに打ち込むと黒い影で作ったヘルメットを渡した。少し静雄は悩んでいる様子を見せたが後部に乗り込み、2人は新羅のマンションへ向かう。その間、2人の間に会話は無かった。


2人がマンションに到着するが、未だ新羅の姿は無かった。セルティがお茶をくみ、暫く待っていると重い扉が開かれる。セルティが直ぐ様駆け寄るが新羅は早足でリビングへと向かい、持ち帰ってきた大量の封筒の中身を静雄が座るソファー、向かい机の上にばらまいた。


「簡潔に言おうか。」
「ンだよ、これ、…ッ……!!」


静雄がその写真に声を失うと、セルティもまたPDAを打つ手が止まる。新羅は近くにある1枚の写真を手に取り、見せた。



「臨也は、ストーキングされている可能性がある。」


――…いや、ストーキングされていると断言してもいい。
写し出されているのは2日前、臨也が池袋を訪れている時のものだった。後ろから撮られているそれは、隠し撮りされたものだとわかる。臨也の視線が交わるものが他の1枚も無いのだ。あの門田と会話している臨也も撮られており、そこには黒のマジックペンで「この男はだれ?」と書かれている。
静雄はその写真を見て、ただただ絶句していた。


「……うそ、だろ…?」
「…嘘でも冗談でも夢でもないよ、残念ながら。」
『じゃあ、臨也は倒れた日からストーキングされてた事になるのか?』
「いや、それより前からストーキングされていたから弱っていた、と考えるのが妥当だと――…」

「違ぇ、」


新羅が顎に指を当て推測並べていくが、ぴしゃりと静雄がそれを遮った。セルティが不思議そうに疑問を投げ掛ける。静雄は渋りながらも、集まる視線に口を開いた。


「臨也は、仕事で身体を売ってるかもしれない。」

『何を、』
「俺の方にも茶封筒に入った写真が来てんだよ。中身は、男と寝てる、臨、」



「だったらなんだい?」


被せるようにして発せられた新羅の言葉にセルティは宥めるように腕を引くが新羅はそのまま言葉を紡いでいく。


「だったら君は、臨也を見捨てるのかい?」
「それはっ……、」
『新羅っ!』

「手首の擦り傷は、拘束された痕だろう。臨也は、ストーカー男に襲われ、ストーキングされているとは考えないのか。」
「仕事で寝た男にストーキングされてるとも考えられんだろうがよっ!」
「だったら臨也を放っておくのか!?」
『新羅落ち着いてくれ!!』


――静雄も、頼む…!
悲しそうに揺らめく影に新羅は我に返った。ごめんね、と言う新羅の顔は辛そうでセルティもまた胸が苦しくなる。熱くなって立ち上がった静雄も、どさりとソファーに落ち、くそ、と声を洩らす。

重たい空気がただ揺らめいて、太陽はいつの間にか姿を消していた。




(20101219)

20110121→加筆修正

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