世界は僕を手放した | ナノ




静雄とトムは臨也を見かけてから、数件の取り立てを終わらせまた60階通りへと戻ってきていた。夕方になりつつある時刻だが人混みは減る事なく池袋を賑わしている。トムは順調に回収を終えられた事もあり、上機嫌に静雄の肩を叩き少し早いが夕飯の誘いをしてきた。


「なあ静雄。久しぶりに露西亜寿司にすんべ。」
「いいっすね。……と、」


静雄も笑いながら承諾していると、不意に携帯がバイブしポケットの中で存在を主張する。滅多に鳴らない携帯からの連絡に、一体なんだ、と静雄はトムに頭を下げて携帯のディスプレイを確認する。岸谷新羅と表示されているのを見て、通話ボタンを押した。


「なんだよ、新羅。」
「…ああ、静雄かい?」


臨也が倒れたんだ。

至極普通の事かのように重大な事を告げられ、静雄は言葉を失った。



静雄はあのままトムの誘いを断り、溢れる人混みをかき分けるように新羅のマンションへと駆け出していた。少し前まで池袋に居た臨也が倒れたという事実から、静雄に後悔の念が生まれていた。あの時、ちゃんと自らの目で臨也を見れば良かった。そうすれば何か異変に気付けたかもしれないのに。
エレベーターの中に居る時間すら億劫で、早く開く訳でもないのにエレベーターの扉に手をかけてこじ開けようとしてしまう。階についてインターフォンを押す。待ってたと言わんばかりに直ぐに開かれる扉。すぐさま焦った様子で静雄は臨也は、と聞いた。


「取り敢えず、中に入りなよ。話はそこからだ。」
「………ああ、…」


通されたその部屋には眉間に皺を寄せ、寝苦しそうにか細い息をしている臨也が横になっていた。臨也、と小さく声をかけるが反応はもちろんない。腕には点滴の針が刺さっている事に静雄は悲痛に顔を歪ませた。


「栄養失調と睡眠不足だよ。」
「…大丈夫なのか?」
「点滴で栄養失調はどうにかなるだろうから問題はないかな。…さっき京平から連絡があって、…最近、臨也はあまり寝ていなかったらしい。」


何か聞いているかい?
新羅は黙っている静雄に問う。静雄は息を詰まらせ、あの写真を思い出していた。


「…なあ、新羅。」
「ああ、それと。臨也の手首に治りかけの擦り傷があったよ。」

「――…臨也は、何かを隠してんだ。」


静雄はぐ、と拳を握る。新羅は不思議そうに静雄を見て、静雄の瞳が不安に揺れているのがわかった。初めてみるその表情。どういう事だい? と新羅が聞くと静雄はゆっくりと口を開いた。












(…………あ、れ。)


霞む視界の中で、臨也は白い天井に違和感を覚えた。ここは、どこだ? ギシリと音を立てて上半身を起こすと、腕に点滴の針が刺さっている事に気付きぎょっとしたが、それによって呼び戻される記憶があった。


(…倒れる、とか。予想外だ……。)


軽視していた自分の体調に悪態をつく。だが久しぶりに眠る事ができた。まとわりついてきたダルさも少し解消されているように感じる。ほっ、と胸を撫で下ろしているとガチャリとドアの開く音が聞こえ、新羅が顔を覗かせた。


「やあ、おはよう臨也。来て早々寝落ちするなんて、新手の嫌がらせをどうもありがとう。」
「…やあ新羅。ちょっとイライラしていてね、八つ当たりしたくなったんだよ。」
「投げ捨てておけばよかったかな?」
「いいや、……ありがとう。久しぶりに良く寝た気がするんだ。」
「だろうね。君は3時間も寝ていたよ。」
「……そう。」


3時間も寝ていたのか、と臨也は改めて自分が深い眠りについていた事を実感する。最近はあの日の夢を見てしまい寝る事もままならなかったのだ。


(……安心、したのか。)


静雄の姿を見た時は緊張したというのに、どうして、と臨也は思う。膝を抱えるようにして座り込み、臨也は動かない。新羅は軽くため息をついた。


「栄養失調と睡眠不足。臨也、君は今、何してるのさ。」
「仕事だよ。皆に情報を提供してる。」
「それは知っているよ。」
「他に何もしてない。」


きっぱりと強い口調のそれは嘘を言っているようには聞こえない。新羅は静雄の言っていた言葉は杞憂かと思った。だがこうして何らかの原因で臨也が衰弱しているのも事実であった。


「じゃあ、臨也は静雄が好きかい?」


新羅が何を思ってかはわからない言葉だったが、臨也はその言葉に瞳を丸くした。そして同時に、そうか、とわだかまりがするりととけだしていくのがわかる。ああ、そうか、


「はは、…わかっちゃった…、俺、シズちゃんが、好きなんだ、…好きだよ、シズちゃんが、…好きさ、」


だから、言えないんだ。
消えかかるような声で臨也は呟く。震える肩は何を意味しているのだろうか。新羅は好きだ、と何度も紡がれる言葉にわかったよ、と返した。
だから、言えない。その言葉は臨也が何かを隠している事を明らかにしていた。だが、こんな状態の折原臨也に何が聞けるだろうか。あの折原臨也が、ここまでになる出来事を詮索できるほど、新羅は図太くできてはいなかった。



「臨也は何か嘘を、ついてんだ。」
「臨也が嘘をつくなんて日常茶飯事じゃないか。」
「…っ…違えんだよ、…いや、俺も、わかんねえ…けど、」
「…どうしてはっきり聞かないのさ。」


「………怖えんだよ。」


臨也が好きだから、怖いんだ。




新羅は静雄との会話を思い出す。きっと臨也は事情を聞いても答える訳がないと新羅は熟知していた。かかってきた電話で門田もまた、教えてくれなかったと辛そうに呟いていたのだ。


「臨也、今日は泊まっていきなよ、」
「…いや、大丈夫だよ。良く寝たしね。帰るさ。」


臨也はおもむろに袖で目元を擦り、刺さる点滴を引き抜こうと手をかける。流石に新羅もその行動には制止をかけた。丁寧に新羅は腕から針を抜くと、目についたかさぶたになっている手首の擦り傷について聞いた。


「…これは、どうかしたのかい?」
「いや、なんでも、ないよ。」


ああ、やはり何も言ってはくれないのか。新羅が軽く俯くと、臨也は素早くかかっているコートを羽織った。世話になったね、ありがとう、とだけ臨也は言ってすたすたと部屋から出ていってしまう。新羅はまた何かあったら来てよ、と軽く笑いながら言うと臨也もまた、笑った。


「じゃあ、また寝に来るから。」


だが臨也がマンションを訪れる事は、無かった。



(20101213)

20110121→加筆修正

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