世界は僕を手放した | ナノ




臨也は重い足取りで池袋の地を踏んだ。数日振りにきた池袋は当たり前のように何も変わってはいない。いつものように人は溢れ、なにひとつ変わらない風景がそこにあった。
だがその変わらない風景に自分に降りかかった災難すら、何も無かったかのように感じられる。臨也は久しぶりの空気に心を落ち着かせて、息を吸い、綺麗とはいえない空気を肺へと送り込んだ。そして取引場所を頭の中で確認し、臨也は池袋の街へとくり出した。


大好きな人間に囲まれ、臨也は取引相手の元へと急ぐ。できれば、静雄には会いたくはなかった。だが、その願いも虚しく人混みの中からひょっこりと頭がひとつ飛び出ている男を臨也は見つけてしまった。その頭はお世辞にも綺麗とは言えない金色をしているもので、平和島静雄だというのは明白だった。
60階通りに入る手前で、臨也は足を止める。どくんどくん、と心臓が煩かった。探していたわけではない。だが、見つけてしまう、どこか目で追ってしまう。臨也は雑踏の中で光る金髪を見据え、じわり、と涙が溢れてくるのを感じた。ここで泣いてどうする、と臨也は、ぐ、と噛み締める。

すると不意に静雄の隣に居るドレッドヘアの男だけが、臨也を見つけたようで表情を強ばらせていた。静雄に見つかった訳でもないのに、臨也の心臓は一層激しく脈を打つ。振り向いてほしい、振り向かないでほしい。感情が渦巻く。結局何も言えずただ臨也は静雄を見つめていると、トムがこちらを向いたまま口を動かしている事に気付く。何を言っているのかと臨也は眉を寄せるが、がやがやとうるさいこの場所で聞こえるはずもなく、耳を澄ませるだけ無駄に終わった。

すると増えてきた人の量に静雄達の姿が奥へ奥へと消えてしまう。静雄の背中に、臨也は衝動的に一歩前に出てしまった。シズちゃん、と臨也が口を開く。


「臨也。」


呼ばれた名前と肩に置かれた手のひらに、ぞわりと例の男の残像がまとわりついた。
乗せられた手のひらをバシンッ! と勢いよく叩いて振り向けば、そこには門田の姿があった。
知れた顔に、どっと安心感が溢れる。だが吹き出した嫌な汗はすぐには引いてくれない。臨也の反応に門田は目を丸くしたが、引きつった顔の臨也を見て顔を歪ませた。


「……何か、あったのか。」


何か、あったのか。静雄にかけられるのではないかと思っていた言葉。その言葉を不意にかけかれ、臨也は一瞬頭の中が真っ白になった。


「…、? 臨也?」
「……あ、ごめん。ドタ、チン。なんでもないよ、少しびっくりしただけさ。」
「…顔色が悪いな。」
「最近、あまり寝てないんだよ。」
「………。」


笑顔を貼り付ける臨也に門田は納得がいなかいような顔で眉をひそめていた。そんな門田に、ドタチンも変な顔だよ、と臨也は冗談まじりに笑うと一層門田は顔を強張らせる。臨也は苦笑いを溢しながら、ちらりと後ろを伺うと静雄の姿はもう無かった。
ぽっかりと空いた虚無感。
臨也はじゃあ、行くからとコートを翻し雑踏に消えようとする。臨也! と門田が呼ぶが、臨也は振り向くことなく人ごみに消えた。











コンコン、と車の窓を叩けば車の扉は開かれ中へとうながされる。慣れたように中に入れば、そこには臨也とは対照的に白いスーツを身に纏う男が待っていた。


「遅れてすみません、四木さん。」
「構いませんよ。」


車のドアを閉めればそこは四木と臨也と運転手の男だけの密室だ。臨也は求められた情報を話し始め、四木は興味深く聞き入った。


「……以上ですかね。」
「ご苦労様です。ではいつもの口座に。」
「ありがとうございます。」


取引は無事終了し臨也は疲れか、はたまた静雄を思い出してか、ぐらりと揺れた頭に顔をしかめる。折原さん、と四木は遠慮がちに言うと大丈夫ですよ、と臨也は答えた。


「大丈夫なような顔には見えませんが。」
「あはっ! 今日は顔が酷いと言われすぎですね。何て酷い。」
「送りますよ。」
「それはそれは。」


粟楠会ともあろう人間が情けをかけるなんて優しいですね。臨也は嫌味たっぷりにそう言うが四木は聞く耳を持たず運転手に告げた。


「岸谷先生のところへ、」


自宅マンションかと思っていたそれはくつがえされ、まさかの行き先に臨也は、なっ、と小さく声を洩らす。だが、はい、と運転手は短く答え車は発進された。本当に、嫌なぐらいに優しいですね、と同じように嫌味を込め言えば四木も先ほどと同じく何も口にすることはなかった。

岸谷先生。
その名前が間違えでなければそれは臨也の数少ない友人であり、静雄の友人でもあった岸谷新羅のことだろう。変な所で鋭い奴に、臨也は見透かされてしまうのではないかと内心焦る。だが四木が車を止めてくれるはずもなく、池袋からそう離れていない新羅のマンションはすぐそこだ。臨也が考えている時間など、あるわけもなかった。






「では、また宜しくお願いしますよ。折原さん。」


四木は一言だけそう告げると車を出して走り去る。臨也はやはり新羅のマンションへと連れて来られていた。上を見上げ、ぐらりと揺れる頭を抱える。どうするかと悩むが、痛む頭と病まされている不眠を解消できるかもしれない、と臨也はマンションに踏み入れた。


(取り敢えず睡眠薬でも貰うか。寝られればいいんだ。あー、寝させて貰うのも良いな。今すごくイライラしてるし、ストレス解消に――…っ……、)


エレベーターに乗りながら考えていると、不意に頭ががつん、と何かに殴られたように痛んだ。詰まる息に悪態をついて、到着した階に出る。
何度も何度もインターフォンを押して、はいはーい! と間抜けた声が扉越しに聞こえる。聞き覚えのあるその声と、開かれた扉から覗く見慣れた顔に臨也はそのまま視界が歪むのを感じた。


「ちょ、臨――…!」


ぐにゃりと歪んだように感じる地面に立ち続ける事が出来ずに、臨也はそのまま新羅の方へと崩れ、意識を手放した。





(20101212)

20110121→加筆修正

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