世界は僕を手放した | ナノ





写真が投函されてから数日が経った。そんな中で、毎朝静雄は携帯を握りしめ考える。臨也に問いただすべきか、否か。だがその答えはいつになっても出てくる事はなく、握った携帯はポケットの中へと仕舞われてしまう。

仕事だと言っていたその次に、あの写真を見せつけられ、静雄の中であれが仕事だとしたら、という不安が募っていく。

ありえない、と何度も吐き捨てながらも、ならばこの写真はどう説明するんだ、と毎日のように繰り返されるそれは何の意味もなさなかった。


黒い何かがざわりとまとわりついてくるのがわかる。静雄は振り払うかのように頭を振って、席を立った。まがった蝶ネクタイを直し、家を出て上司であるトムと合流する。
仕事は仕事だと割り切り、臨也のことを今までも後回しにしていたのだった。


適当に世間話をしながら件数をこなしていく、いつものようにお昼をファーストフード店で済まし、店を出た時、トムは、あ、と小さく声をもらした。











「いけ、ぶくろ?」


数時間前、臨也は重い瞼をこすり、波江から渡された資料を受け取っていた。取引先は池袋だと告げられ、虚ろだった瞳は大きく開かれる。ちょっと待って、と言うより早く、波江はぴしゃりと言い放った。


「外の空気を吸ってきなさい。」
「はは、ご親切痛み入るよ。けど、よりによって池袋、ね。」
「ひどい顔をしていること、気がついているわよね? うっとうしいのよ、貴方。」


臨也は典型的な不眠症に陥っていた。寝付きは悪く、眠りに入るまでに1時間以上を必要とし、眠りに入っても眠りが浅く、熟睡感が得られることはない。物音に敏感に反応して何度でも起きてしまい、再度寝るのにまた時間がかかる。
波江が出勤してからソファーで寝るという生活が数日続き、臨也の顔はだんだんと白くなり、その光景にあの折原臨也が弱っていくのは一目瞭然だった。

波江に指摘され、臨也はくしゃりと顔を歪ませる。そんなに酷い顔をしているだろうか。臨也はペラペラと資料をめくりながらぼんやりと考える。だが頭の中では、池袋に行けば静雄に会ってしまう、という思考だけで満たされていく。

波江が言うほどなのだから、この顔で池袋に行ったら、どうしたのか、と聞かれるだろうか。なんて返せばいいだろうか、最近寝ていないんだと言えばいい?
間違ってはいない、嘘は言っていない。


(会いたく、ないな、)


埋め合わせはする、と連絡してから3日が経過していた。あれから静雄からの連絡もなけければ、臨也から連絡するも無く、ただ時は過ぎさってしまっていた。
大丈夫か、とたったその一言を言われただけで、何かが崩れてしまいそうだ、と臨也はぐ、と奥歯を噛む。
だが、大丈夫か、とあの心地いい声色で言われることをどこかで期待してていた。


「行ってくるよ、」


少し悲しげに微笑みながら、臨也はマンションを後にしていた。











「どうしたんすか、トムさん。」
「あーと、なんだ。キレんなよ静雄。」


頭の上に疑問符を置いているかのように静雄は傾げていると、トムはそっと小声で、折原臨也が居る、と告げた。いつも反射的に沸き上がっていた怒りの感情は無く、逆にその名前にドキリと激しく脈打った。臨也、と呟くと、トムは落ち着いてくれよと肩を叩く。大丈夫っすよ、と口だけで笑い臨也に背を向けた状態で臨也の様子を聞いた。


「あいつ、何してますか。」
「こっち、見てんべ。」
「ひとり、っすか?」
「あーそうだな、……いや、今声かけられて、」


トムの続けられる言葉を遮るように勢いよく振り向けば、そこには臨也と、同世代の門田の姿があった。


(何で、今、焦ったんだ…?)


ただ声をかけられた、と言われただけの事にどうして今、過剰に反応してしまったのか。過る考えに絶句する。そうだ、辻褄が合う。辻褄が合うのだ。あの写真と、あのメールの辻褄が。

臨也の仕事が、情報屋だけでなく、身体を、売って、いた、ら。


「…次、どこっすか、トムさん。」
「え、……ああっとなー。」


酷く冷たい静雄の声にトムは一瞬肩を震わせる。だが何も言わずに肩を並べ池袋のまちに、消えた。





(20101206)

20110121→加筆修正

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