短編小説 | ナノ


※みじかい


 時を共にすると言う事。それは、朝起きると隣に自分とは違う人間が居る事。リビングに行くと美味しそうなご飯がそこにあること。洗面所に行くと歯ブラシが二個ある事。いってきます、と言えばいってらっしゃいと、ただいまと言えばおかえりと答えが返ってくること。帰宅すると自分だけではなくもう一食分多く、食事をつくるという事。
 同居する事。それは二人の人間の時間を共にするという事だ。
 池袋で有名な折原臨也と平和島静雄は、色々な道を歩き、ぶつかり合い、同居する事となった。臨也の事務所兼自宅とも、静雄の家とも別に家を借りた。表札には臨也と静雄の名前がある。二人は互いの想いが通じ合い、こうして同じ屋根の下に住むことにしたのだ。
 だが今まで互いに独り身だったために、時を共にするという事に違和感を拭う事ができない。新調したキングベッドに一緒に寝るという事も、風呂に入ろうとすると先に入ってしまう人間がいる事も。
 簡単に受け入れられるものではない。愛しいと思える人間が、そんなすぐ近くに居るという事実。それを二人は未だに理解できずにいた。

「……おはよう」
「おう」

 寝癖のついた頭のまま、臨也はリビングに顔を出した。ふぁ、と大きく息を吐く。臨也は昨日、夜遅くまでパソコンとにらみ合いを続けていた。それを心配しながらも静雄は寝室へ向かい先に眠りへと落ちた。臨也の朝は基本的に遅い。だからこそ、静雄は先に起きて朝食をつくる。いつの間にかついてしまった習慣。目玉焼きは半熟派で、朝はパン派でお供はブラックコーヒー。

「…今日は俺、帰り遅いかもしんねえから」
「ん。了解」

 帰りが遅い時は連絡をする。それも同棲をするにあたって決めた事だ。少し前まで知らなかった携帯番号も正式に交換をして、メールをしたり電話をすることだってある。

(あー、ふわふわするなあ)

 静雄が手慣れたように朝食を作り、出された半熟の目玉焼き。何も言わずにこうして理想の食事が出る事が、こんなにも嬉しい事だと臨也は知らなかった。
 夢のようだと思う。温かな場所で、痛みも苦しみも無い世界。笑顔が溢れ、幸せな場所。あれほどまでに自分は人々を貶めてきたというのに、こんなにも幸せでいいものかと、今まで自分のしてきた事を一度だって後悔した事のない臨也ですら恐怖してしまうほどに、この空間は幸せにあふれていた。

(これが、幸せか)

 言葉にできない感情。静雄の事を見るだけで胸のあたりがぐっと苦しくなるのは、幸せからだ。

(しあわせ、初めての)

 今まで色々な感情を抱いていたはずなのに。こんな感情を感じるのは初めてで、どうしてもその想いに浸ってしまう。幸せという、言葉にするととても簡単なものではあるけれど。
 食事を出して、静雄は臨也の向かいに座る。今まで、池袋で対峙していた時とは違う。険悪なムードなんて一切ない、切り詰めた雰囲気もない。臨也の眉間にも静雄の眉間にも皺が寄る事はない。ナイフを向ける事も、標識や自販機を持ち上げたりする事もない。穏やかな時間。

(ああ、これが俺の求めてた)

 静かにゆっくり、暮らすという事。夢にまで、見た。この力を得てから、ずっと願っていた事。

「…うまいか」
「うん。美味しいよ」

 人に料理を作る事なんて無いだろうと静雄は思っていた。この力をもっていては、きっと、誰かを傷つけるからと、まわりの幸せを願い、腐っていくのだと。

「そうだ、シャンプー切れてたよね。買っておく」
「おう」

 静雄は煙草を吸う事をやめた。臨也が煙草を嫌ったのもある。吸っていていい事などないというのも理由のひとつだ。そして、口が寂しくなる事がなくなったのが、最大の理由だ。
 ごちそうさま、と臨也は手を合わせ立ち上がる。お粗末様と一言返すと、臨也は完全に覚醒したのかはっきりとした面持ちで洗面所へと向かう。

「あ、そいや手前のコート。そろそろクリーニングだせよ」
「ええー、大丈夫だよ別に汚れてないし」
「いや汚れもそうだけどよ…」

食器洗いに洗濯。少し前まで憂鬱な事も今では幸せのひとつとなってしまっているのだから怖いものだ。
こうして二人は幸せの中、今まで知らなかった感情を噛みしめながら生きていく。
非日常は、終わった。
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