短編小説 | ナノ


※ウェイター静雄とパティシエ臨也


 ケーキを作るというのは、宝石をつくっているのと同じである、と臨也は考える。自分の手から生まれる宝石たちはショーケースへと並び、ようやくその輝きが放たれるのだ。
 二月一四日、バレンタインデー。今日はいつも以上にチョコケーキが売れる日だ。女性から男性、またはその逆。友人、知人、相手にチョコを贈る日。それにともなって、チョコケーキは売れる。もはや多くの予約が入り、店頭分まで作るのが大変なぐらいだ。
折原臨也はスイーツを作る事に喜びを感じる。自分で考えた、想像でつくった形を、自分の手で生み出す。想像、という空間から、実物をつくるのは自分なのだ。それがなんとも楽しくて、臨也は今までスイーツを作ってきた。

「ええ!? 来れないって、冗談でしょ? 今日バレンタインデーだよ? お客さんだっていっぱい…」
『来れないっていうかな、開店時間に間に合いそうにないって…ああわかった! ちょっと待っててくれ! ああ悪い、こっちの話。で、ちょっと遅れる可能性が高くて、』

 バレンタイン当日、必死に臨也が予約ケーキを作っていたところで、店の電話が鳴った。当日予約は受け付けていないために、今日この日に電話が鳴るというのは珍しいことだ。だからこそ、一瞬、嫌な予感がしていたのだ。それは案の定、ウェイターをしてくれていた門田が店のオープン時間、午後四時に間に合わせない、という知らせで。
 この店では、買って帰るだけではなく、ディスプレイされているケーキをお店の中で食べる事もできる。販売だけなら臨也ひとりでもどうにかなっただろうが、さすがに店内もとなると、一人ではまわしきれないだろう。

「いつも無理してきてもらってるし、…うん、わかった。どうにかしてみるよ」

 来る事ができない、という門田に無理を言っても仕方がない。もともと門田は臨也と幼馴染で、良心でウェイターをバイトとしてやってくれていた。門田にだって他の仕事がある。こういう事だってあるだろう。

(でも、よりによって、バレンタインデーにそれは無いよドタチン…!)

 予約もたくさん、しかもバレンタインデーに急遽休みにできる訳もない。小さなケーキ屋であるこの店に、門田以外のウェイターを雇っていなかった事が仇となった。未だ作らなければならないものもあるというのに、自分がウェイターまでするのは難しいものがある。レジだってある、梱包するのだって。
 どうしよう、と回らない頭で必死に考え、ふと視線を店の外に向けた時だった。

「ちょ、ちょっとそこのバーテン服の! お兄さん!」







 仕事をクビになった、訳ではない。店長に、そろそろいい加減にして貰わないと困るよ、と言われてしまったのだ。静雄は、自分が沸点の低い人間だと理解している。理解してはいるが、うまく制御できない事に長年悩んできた。実際そのせいで何個もの仕事を転々として、ようやくこのバーテンの仕事に慣れてきたところだったのだ。

(ああくそ、また仕事変えるとかよォ…!)

 二十四にもなって仕事を色々変えていては、弟に示しがつかないではないか。その弟は芸能の世界で大きな成果をあげている。超がつく有名人であるといえるだろう。自分はどうだろう。
 イライラとしながら頭を掻き、歩いていると、その声は響いた。

「ちょ、ちょっとそこのバーテン服の! お兄さん!」

 お昼の時間にバーテンの服を着ている人間はきっと自分しかいないだろう。静雄は嫌な予感がる、と溜息をひとつついて、声がした方に顔を向けた。
 そこには有名はケーキの店があった。もちろん静雄も知っている。甘い物が大好きな静雄は、弟である幽が時折買ってくるその店のケーキの美味さに涙を浮かべた事もあった事を思いだす。少しお高いケーキとあって、簡単に食べられるものではなかったが、その名前は知っている。お高いからこそ、その店の場所すら知らなかった。近くにある事は知っていたが。こんなにも小さな店だったとは。
その店の入り口から顔をのぞかせる若い男は一体誰なのだろうか。

(俺の事、呼んでる、んだよな?)

 ちょっと、来て! と手招きするその男は、ぱっと見ただけでわかるほどに慌てている。初対面である自分を呼ぶ理由が全くわからない静雄は、その男を少し不審に思いながらもその店に近づいた。

「ねえ! 今からバイトしない?! バーテンって夜からでしょ? それまで! それまででいいから!」
「はあ?! ふざけんな! 名前も知らねえ奴の下で働くか!」
「日給でいいからさ! ウェイターが急に来れなくなっちゃって困ってるんだよ…お金は出すよ! あ、あと! 終わったら好きなだけケーキ持って帰っていいからさ!」
「好きなだけ、か」
「えっ? ケーキ? ああ、うん。いいよ?」

 好きなだけ、美味いケーキが食べられる。それは最近バイトの不調続きでシフトをいれてもらえず、給料を大好きな甘い物に費やせず、コンビニプリンを食べる日々だった静雄にとって、震えるほどに幸せな事だった。少し前までは嫌だと大声をだしていた静雄だったが、ころっと態度を変え、瞳を輝かせた。

「ケーキ、絶対だぞ。忘れんな」
「大丈夫、大丈夫! ああよかった、これでなんとかなる、かな」

 男はほっと一息つき、静雄を店の中へと案内する。こじんまりとした店だが、暖かい雰囲気。そして少しの高級感。初めて入るその店内の様子に、感心したように静雄は見渡し、息が洩れた。

「あ、ねえねえ名前聞いていいだろ?」
「ああ。静雄だ。平和島静雄」
「なんかすごい名前…俺はイザヤね、折原臨也。人の事言えないぐらいすごい名前だろ」
「イザヤ…すげえな、かっこいい」

 クスクス笑う臨也は、じゃあまず着替えようかと店の奥へと案内した。静雄の姿を一瞥し、別にそのままでもいいかとも思ったが、一応、エプロンだけはしてもらえるかな、と黒いエプロンを取り出した。所謂ギャルソンの恰好だ。その恰好へと着替えると、臨也は目を輝かせ、両手を大きく広げ、喜びをあらわにする。

「うわあ! すごい似合うよシズちゃん! かっこいい! やっぱり体格がいいと似合うよねえ! 見栄えがいい!」
「シズちゃん?」
「じゃあ今日はよろしくね! とりあえず開店まではケーキの箱詰めお願いしていいかな? 俺はまだ作るのの途中だからさ」

 喋るだけ喋って、臨也はキッチンへと姿を消す。静雄の事をシズちゃん、と言った事も完全にスルーだ。自分勝手な奴だ、と思いながらも、大して気にする事なく静雄はエプロンの紐をきゅっと締めた。
臨也から言い渡された仕事。きっとテーブルに並べられているケーキを、立てられてもいないケーキの箱に詰めていけばいいのだろう。数からいってすごい量だ。こんな量の予約を受けているにも関わらずウェイターが一人というのはどういう事だ。

(いい給料くれるんだろうな…)

 ケーキが食べられるから、と簡単な理由で引き受けてしまったが、これは案外細かい作業が多いのかもしれない。イライラしてこの小さなケーキを潰してしまわないようにしなければ、と緊張した表情で静雄は袖をめくった。
 小さく丸い、チョコケーキと、大きな苺が乗ったショートケーキの二つ。それを淡々と箱詰めしていく。
 そこでふと、ある事に気が付く。このケーキは、誰が作ったのだろうか。
 思い出したとうに静雄は勢いよく振り返り、キッチンへと足を速める。おい、臨也、と声をあげようとした時、キッチンで、鼻歌まじりにケーキをつくる臨也の姿に目を奪われた。

「あれ、何? どうかしたの」
「あ、あのケーキ、ってか、この店、手前の店なのか」
「なにを今更。そうだよ。この子たちはみんな俺の手作り。俺の愛をこめてつくってる」
 あの涙が零れそうなほど美味いケーキはこの男の手で作り出されていたのか。
「手前、いくつだよ」
「歳? 無粋だなあ、まあ、二十四だけどさ」

 見た目ではもっと若く見える。だが、二十四で自分の店を持ち、美味いと評判で、ケーキ予約だってあんなに。

(同い年でも、俺とは全然違ぇな)

 これがきっと、才能の差というものなのだろう。一気に身体の力が抜ける。今日のバーテンのバイトすら、どうでもよくなるほど。それほどに、落差を感じた。別に自分の店が持ちたい訳ではない。だが、同じ二十四年でも、こうも変わってしまうものか。どうして自分は変われないのだろうか。
 思えば思うほど、暗闇へと一直線。

「なに? そんなにケーキ食べたいの?」

 ぼんやりと立っている静雄に勘違いをした臨也は、仕方がないなあ、と言いながらも笑顔で作っていたひとつのチョコケーキを静雄の前へ、ずずいと差し出す。
 銀の小さなトレーの上に、かまくらのように丸いチョコケーキ。てっぺんにはホワイトチョコで作られているハート型のプレートと、チョコホイップがアクセント。

「俺の傑作、一番初めに食べさせてあげる」

 きらきらと輝いてみえた。一緒に差し出されたフォークをゆっくりとした手つきで受け取り、小さなケーキにそっと差し入れた。

「うめえ…」

 とっさに言葉が出てしまった。むしろ、その言葉しか出てこなかったといっても良い。美味しい。

「知ってる」

 俺の傑作だから、当然だよ。
 自信たっぷりに言う臨也の言葉も納得できるものだ。これなら予約がたくさん来るはずだ。小さな店でも人気になる訳だ。

「ほら、それ食べさせてあげたんだから。今日はよろしくね」

 満面の笑みで臨也は言う。臨也はケーキをつくる事がすきだ、そして、食べた時に見せる相手の表情を見るのが好きだった。
 最後の一切れを食べてしまうのがもったいない気持ちと、早く食べてしまいたい、もう一度あの味を、と思う気持ちが交差する。最後の一口を運び、じっくりと味を楽しんだ後、飲み込んだ。

「ああ、ちゃんと働く」

 そして静雄は決めたのだ。
 きっと大繁盛なこの店の客を全部さばく事ができたら。臨也に頭を下げよう。明日から、ここで働かせてください、と言うために。




(20120220)

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