短編小説 | ナノ


※狼男静雄×吸血鬼臨也パラレル




 血液というものが、どういった味がするかを知っているだろうか。それはとても甘く、濃厚で甘美だ。だがその素晴らしい味がするのは、愛している者の血、だけなのだ。





 ワイングラスに注ぐ赤い液体。それは人の生き血ではなく輸血用のパックだ。医者である新羅から調達してくるそれは毎回新鮮なものばかりだが、やはり生きている人間から摂取するよりかは遥かに劣る。喉を通った後の感覚が違うのだ。

「はあ…」

 折原臨也はグラスの水面を眺めながら、大きなため息をつく。最近はめっきり生き血を吸う事は叶わなくなった。
吸血鬼、という人種の肩身が狭くなってきて三百年ほどが経つ。いつの間にかなんの力も持たない人間が増え、吸血鬼や特異点が消えていった。
 見た目は人間と変わりはない。唇から覗く小さな牙と、少し尖った耳。それだけだ。夏の日差しを直接浴びない限り特に体質的な異常がでる訳でもない。
だが血液を欲するのが、吸血鬼だ。不死身の命を持っているのだ。定期的に血が欲しくなる。喉が渇く。むせ返るほどに喉が渇き、衝動のように貪りたくなる時がある。と、いってもそれは限界まで血液の摂取を行わなかった場合だ。今では適度の血液を輸血用のパックで摂取し生活している。
 だが、時折、街を歩いていて血の匂いがする時がある。傷口から滲む、血の匂いだ。土の匂いや色々なものに紛れながらも、それははっきりを鼻につく。唾液が溢れ、その傷口に舌を這わせて吸い付いてしまいたい衝動にかられる。女性ならなおさらだ。肉が柔らかく、牙が簡単に肌を貫く事ができるのだから。
 だが理性を失ってはいけない。ここで人を襲い吸血行為に至ったところで、捕えられ殺されるだろう。不老不死と言えど、首を切られてしまえば、そこには死しかない。血の気配を感じると赤黒く輝く瞳を隠しながら人混みの中を生きてきたのだ。

「退屈で、人は死ぬ事はない。残念だなあ。こんなにも時間を持て余しているのは、苦痛だ」

 ワイングラスを揺らし、一口。美味だ。この人間の血はうまい。当たりを引いたな、と思いながらそれを飲み干すと、満足げに息を吐いた。
 最近は、めっきり外出する事が減った。それは外が嫌いな訳ではない。臨也は人間が謳歌している姿を見る事を好んでいた。人間が泣き、喜び、絶望する姿を何年も何百年も見てきたのだ。
 ではなぜか。それは、ある日に出逢った狼男が原因だった。黄金の毛をもつ、あの狼男。忌々しい。
 ふと視線をあげる。視線の先の扉が音を立てて開いた。

「またそんなもん飲んでんのかよ」
「…また勝手に入ってきたの」

 ドアの向こうから覗いた、黄金色の耳、瞳に、尾。傍から見ても普通の人間には見えないその姿は、まさに狼男そのものだった。
 狼男。それも特異点のひとつだ。この長い年月の中で消えていった者。平和島静雄も、その狼男としてひっそりと人間にまみれ生きてきた。
 そして、臨也が出逢った狼男が、この平和島静雄だ。

「美味しくねえだろ、それ」
「美味しいよ。この人間の血はとてもね」
「…そうかよ」

 どこかイライラとした様子で静雄は部屋の中に入り、そのまま臨也の座るデスクの前まで歩を進める。赤い瞳と黄金の瞳が交わった。

「ほら」

 静雄が首筋を露わに、見せつけるかのように差し出す。それは、飲め、と言っているようで。

「…シズちゃんの血は獣臭いから、いらない」

 嘘だ。全くの、偽り。
 鋭い静雄の視線に耐えきれず、目を泳がす。静雄の血は、とても甘いのだ。甘く、濃厚で、麻薬のように頭が痺れずっとずっと欲してしまうほどの。
 それがどういう意味かはわかっている。わかっているからこそ、もう飲みたくはないのだ。
 静雄と出逢った時、街に血の匂いが充満していた。近くで何か事件があったのか警察官が溢れ、キープアウトと書かれているのを見た。そんな中で、臨也は新鮮な血の匂いに気が狂いそうになりながらも必死に帰路についたのだ。

『手前、吸血鬼だな』

 暗闇の中で赤い瞳が深く輝いていた。足音もなく男は近づいてくる。近づくなとナイフを突き出すが男は何も動じない。すんと臭いを嗅ぐ。男は納得したように声を洩らしていた。

『近づかないで、くれる、かな…、殺すよ』
『殺せるかよ、吸血鬼に、俺が』

 その男は膝をついて臨也の黒い髪を掴んだと思えば、そのまま抱き寄せた。いや抱き寄せた、といった表現には語弊があるかもしれない。首筋に頭を押し付けた、といったほうが正しい。血の匂いで興奮している臨也に、その行為は酷く残酷だった。

『あは、は…俺に血を捧げるなんて、馬鹿なのかなあ君』
『うるせえよ、このまま気ぃ狂って、通報されるよりましだろ』

 そうして血を貪った相手が、静雄だった。本当ならば首筋でなくても構わないのだ。ただ首筋は動脈の近くで血が多く通っているからという簡単な理由だ。だからこそ、長く吸血行為にはしっていると相手を死へと追いやる。
 加減ができるかといった瀬戸際だった。がぶりと静雄の首筋に食らいつき、血液が喉を通った時、身体が熱くなった。甘い、今までに飲んだことのない、とても美味な血だった。
そして、止まらなくなったのだ。この血をすべて飲み干してしまいたい、この血をすべて。
その時はっとしたのだ、血が甘いと感じるのは―――。

「俺の血、好きだろ」
「その自信たっぷりな態度、大っ嫌い」

 静雄の態度はどこか傲慢だ。臨也が断らないとふんで持ちかけているのだから。
 あの時。初めて静雄の血を飲んだ時の反応を静雄が忘れた事はない。それこそ獣のように乱暴に、必死に、興奮したように血を貪る臨也の姿はとても淫らだった。

『ぁ…っ、なにこれ、おいし…』

 絆されているかのような臨也の姿に、釘付けだった。痛みこそあったが、それでも口のまわりを赤く染める姿すら、美しかった。

「ほら、飲めよ」

 そして、あの姿をもう一度見せろ。
 すっと手首を切る。じんわりと滲んでくる血に、臨也の赤い瞳が一層深みを持つ。その目だ。
 匂いからして、他のものとは違う。それは臨也にしかわからないが、食欲を誘うものなのだ。
 認めたくない。こんな尻尾と耳と牙があるだけの狼男に。血が甘いと感じてしまうほどに、愛を抱いているなどと。そんな訳がないのに。

(嫌いだな、こんな野蛮なやつ)

 この自信たっぷりな態度が気に食わないのだ。
 だが、この血が飲めるからこそ、静雄がわざわざここまで来るからこそ、臨也は外に行かなくなった。だからこそ、気に食わない。
 愛なんて、知らない。何百年も生きてきてこんな味に出逢わなければよかったとすら思う。麻薬だ。
 差し出された手首にかぶりついて、味わう。
 もう、きっとこの味を忘れる事はできないのだ。

「なあ、うまいか」

 表情を見れば一目瞭然なのにも関わらず、そう聞いてくるこの狼男を睨み付け、臨也は獣臭い、とだけ吐き捨てた。



(20111104)
ハロウィン用に書いてたぶつです。
好きだと認めたくない臨也さんと、おい俺の事好きだろ??ん??と自信たっぷりな静雄さんです。
やまなし、おちなし、いみなしなお話しですみません…

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