短編小説 | ナノ



 そうも高くないソファの上にどかりと座るのは、真っ黒なコートを羽織ったままの折原臨也の姿だった。じとりとした目つきで目の前に座る岸谷新羅の事を見つめていた。

「そんな目で見られても、僕は何も知らないし、関係もしてないって。なんなら解剖してみようか?」
「それこそ冗談じゃない!」

 吐き捨てるように臨也は声を上げ、足を組む。苛立ちを抑えきれないのかナイフを取出し、折り畳み、刃を出し、の繰りかえしていた。
 臨也がこうも殺気立っている理由は数時間前に遡る。





 臨也が池袋の町を仕事を終えて、人の群れに謳歌していた時だった。嫌な奴に捕まらない内に帰ろう、と足を向けた時、目の前にコンビニに設置されているごみ箱が現れた。ああもう、とここで既にに臨也は苛立ち始めていた。どうしていつもこう、タイミング良くあの化け物は来てしまうのかと。

「おい手前よォ、池袋には来んなって…」
「はいはい、わかったから。もうそれも聞き飽きたよ。今から帰るから邪魔しないでくれるかな」

 臨也が早口で答えるとサングラスの奥の瞳が鋭さを増す。こめかみには青筋が浮かび上がり、うぜえ、と低い声が響いた。うぜえのはこっちだ、と臨也は内心で呟きナイフを取り出した時、それは起こった。

「シズちゃんに会いたくて池袋を散策してたんだよ!」

 空気が一瞬凍りついたのを二人は感じていた。
 は?! と悲痛な声をあげたのは、先ほどすごい事を大声で叫んだ臨也本人だった。咄嗟に手の甲で口を押え自分の発言に目を瞬かせる。あんな事を言うつもりではなかったのだ。これぽっちも。
 じり、と音が聞こえる。静雄が自身の吸っていた煙草を靴で擦り潰した音だ。先ほどまであった青筋は消え、サングラスで表情は読めない。臨也は視線を上げ静雄の対応に息を飲んだ。

「手前、俺の事が好きなのか?」

 頭をガツンッ! と殴られたかのような衝撃だった。この男は真顔で何を言うのだろうか。といってもサングラスで表情は見えないのだが。
 臨也はすう、と息を吸って、ナイフを一閃する。目の前に居る馬鹿にそんな勘違いをされては困るというものだ。

「そうに決まってるだろ!!」

 だがどうしてか、口から出てきてしまう言葉は思っている事とは反対の事となってしまうのだ。

(なんだこれ! なんだこれ! どうなってる! 気持ち悪い!)

 毛が逆立つような思いで臨也はその場を走り去ろうと地を蹴るが、一手早く静雄が動き臨也のフードを掴み持ち上げる。やめろ! とナイフと振りかざした時に、触るな! と叫ぼうとした時――

「もっと触ってよ!」

 またもや思っている事と反対の言葉を口にしてしまっていた。さすがの静雄も驚いたのか、フードを握っていた手を離し臨也が自由の身となる。口走ってしまった事に衝撃を受けながらも必死にその場を切り抜け、こんな奇妙な現象が起こった原因として考えられる人物の元にむかった。
 そうして、冒頭に戻る。





「何でもかんでも私のせいにしないでくれないかな?」
「俺がこうなって楽しいって思うのはお前ぐらいだからね。ネブラの件もある。何をするかわかったもんじゃない」
「そんな事を言うなら君の秘書もそうじゃないのかな。矢霧製薬、さんだろ?」

 きっ、と臨也はコーヒーをすする新羅を睨み付ける。
 あの現象は静雄相手にしか発動しないようで、このマンションに来てから特に変な事を言うような事は無かった。あれは一体なんだった、と臨也が舌打ちをした時ピンポーンと電子音が響いた。
 過る、嫌な予感。
 新羅が立ち上がり玄関に消えていく。すぐにゆっくりとした足取りでリビングに戻ってきた新羅の後ろには、先ほどと変わらずサングラスをした静雄の姿があった。

(ああ、だからなんでこの化け物は…!)

 臨也は立ち上がりナイフを取り出した。ここで争いはやめてくれよ! ここは僕とセルティとの愛の巣なんだよ! と新羅は非難の声を上げていたがそんな事は臨也にとってどうでもよかった。黙れ新羅、弁償ならいくらでもする! と吐き捨てた後、目の前に居る化け物に言い放った。

「会いたかったよ! シズちゃ…、」

 嗚呼、クソッタレ!
 内心で吐き捨てる。目の前でこの現象を目の当たりにした新羅は興味深いと言わんばかりにメガネを上げ直している。静雄は相変わらず無反応だ。この場に居ては不味い、と臨也は舌打ちをし、反応を見せない静雄の横を抜けようとした時だった。
 す、と静雄の腕が伸びた。咄嗟の行動に反応が遅れ、静雄の右腕に捕まり臨也は目を見開く。気が付けば静雄の腕の中だった。

「なに、してくれてるのかな…シズちゃん…?」
「手前、俺の事すきなんだろ?」

 静雄の発言に固まったのは臨也だけではない。二人を見守っていた新羅もまた静雄の発言に目を瞬かせ、新羅に至っては笑いだしそうになるのを必死に耐えていた。ぷるぷると震える臨也は固い胸板を押し返し叫んだ。

「好きだよ! 大好き!」

 もういっそ、殺してくれ。
 臨也は学習せずに叫んでしまった事に落胆し、そうか、となぜか冷静に納得している静雄の事など考えている余裕など無かった。もう腕の中で息をしているかも危うい程に臨也は脱力し、疲れ切っている。なるほどこれか、と新羅は腕を組みながら臨也の形相を眺めていた。

(思っている事の反対を言ってしまうって事は、好きだって念じながら好き、と口に出せば嫌いって言えるのか…?)

 浮き上がる希望に臨也は顔をあげ、余裕を見せる静雄の目を見据えた。心の中で「俺はシズちゃんが好き、俺はシズちゃんが好き、俺はシズちゃんが」と唱え続け、口を開いた。


「俺はシズちゃんが、すき!!!」


 死にたい。
 臨也は震える声で呟いた。静雄はなぜか抱きしめた腕を緩ませる事なく、そのまま臨也を樽のように担ぎ上げると新羅のマンションを後にした。
 パニック状態だからなのか、離せ、やめろ、と言った言葉を口にしようとするたびに「ちゃんと抱えてよ!」と違った事を言ってしまう事を臨也は学習する事がない。池袋のど真ん中で、臨也は静雄に積極的なまでのアプローチを図ってしまった事になる。

 そうして静雄にお持ち帰りされた臨也がどうなったのかを知るものは誰もいない――――。



(20110831)

逆いざやの日記念!
れんれんさんにネタを頂きました、気持ちとは違う(逆)の事を言ってしまう臨也さんのお話しでしたー^^
お持ち帰りされた臨也さんは…きっと…ごにょごにょ…

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