短編小説 | ナノ


 暗がりの中。ある男は拳銃を片手に自分自身を落ち着かせようと上がる息を整えるよう、浅く呼吸を繰り返していた。
 冷たい壁を背に、男は確かめるよう拳銃に触れる。やれる。大丈夫だ、俺にならやれる。俺は言い聞かせるように呟くと、意を決したように顔をあげた。鋭く目をギラつかせ、寄りかかっていた壁から身を離すと、足音を殺し話し声のする方へ向かって行った。
 その男の姿を確認し、静雄が煙草をふかせると小さな舌打ちをした事に男が気付く事はなかった。








「それでは、これが資料です」


 澄んだ音色が路地裏に響いた。
 臨也は分厚い封筒をクライアントであるスーツを着た男に手渡すと、かわりにまた分厚い封筒を手渡される。馴れた手付きで中身を確認し、確かに頂きました、と呟いた。
 黒のコートのポケットに封筒を仕舞い、ありがとうございましたと言えば、男もまた頼みますよと笑みを溢す。もちろんです。臨也がそう返した時、二人の話し声以外驚くほど静かなその路地裏に、ジャリ、と土を踏む音が響いた。


「死ね、折原臨也――…ッ!」


 陰から姿を表した男は震えた腕で拳銃を構え、声を荒らげた。
 臨也は拳銃に眉を寄せながらもクライアントを庇うように、走れ! と叫び冷静に対応する。クライアントを逃がし、臨也は向けられる銃口に息を飲む、どころか、薄く笑みを溢していた。
 意味のわからない雄叫びをあげながら、男は引き金にかける指に力を入れた時だ。


「残念だったね」


 ニヤリと臨也は笑った。
 男に背後から大きな黒の影が落ちる。引き金を引くより速く、静雄は男の頭部を殴り付けていた。大きく左に男は飛び出し、壁に激突する。反動で少し跳ね返り、持っていた拳銃は臨也の足元にまで横滑りし止まった。


「ご苦労様、シズちゃん」


 臨也は拳銃を拾い上げ、銃口を静雄に向け撃つ真似をする。ご苦労様、という臨也に静雄は吸っていた煙草を携帯灰皿に投げ棄てながら、大きな音で舌打ちをするだけだった。


「なにその態度。いいの? そんな態度、俺にしてさ?」
「黙れノミ蟲野郎。手前なんて撃たれて死ね」
「助けてくれてありがとう。俺のボディーガードくん?」
「好きでやってんじゃねえんだよ。その口塞ぐぞ」


 変わらない静雄の態度にやれやれと臨也は肩をすくめると、ポケットに入れた封筒――クライアントからの報酬を取りだし、抜き取るのではなく封筒のまま静雄に投げつけた。


「あげるよ。スペシャルボーナスだ」
「ふざけてんのか、手前」
「全然? いいじゃない。シズちゃんを雇ったのは俺。なら、どうしようと俺の勝手だしさ。ちゃんと契約金も払うよ。前金って感じかな。自動販売機二台位は弁償できる。良かったね」


 情報屋、折原臨也のボディーガードというのが今の静雄の仕事だった。
 積もりに積もった弁償のお金が給料の天引きだけでは賄えず、臨也が提示してきた専属ボディーガードという仕事を受け持つ事にしたのだ。
 期限は一週間。何時なんどきでも雇い主を守り抜く事。それが契約内容だった。金額は明かされていないが、臨也は借金ぐらい全額返金できるんじゃないかな、と言った。


「お。また殺してない」


 臨也はかわりにポケットに拳銃を仕舞い、倒れる男の顔を覗き込むようにしゃがみ込む。ケラケラと笑い、すごいすごいと細めた目を向ければ目が合ってしまった静雄は三度目の舌打ちをした。
 仕事は受けるが、絶対に殺さない。
 静雄ははっきりとボディーガード初日、臨也にそう言った。好きなようにしなよ。それが臨也の答えだった。

 それから三日。静雄はどれだけ手をあげても殺しだけは絶対にしなかった。半信半疑だったのだろう。当初、気絶する程度に力を抑える静雄に、臨也は驚きの眼差しを向けていた。だがもうそれも三日。驚くどころか、臨也は小馬鹿にするように笑った。


「さて。後始末は粟楠会に任せるとして。帰ろうか、シズちゃん」
「ああ」


 何時なんどきでも雇い主を守り抜く。それは朝も夜も、という意味であり静雄は臨也の自宅へ住み込みを強いられていた。
 寝る場所はソファー。食事は自炊。遅くまで仕事をする臨也を無理矢理にでも寝させようと寝室に押し込む事も、静雄の仕事だった。
 別にそこまで頼んでいない、と臨也は言うが手料理しか食べたくないと言いながらろくなものがつくれない。安全確保をして欲しいといいながら、先に寝ても良いと言う。この中途半端な感覚が、静雄には耐えられなかった。

 そんな母親のような事をし始めて、三日が立つ。たった三日で今までの関係が変わった。


(これは、契約だ)


 いつもなら殴りかかっている背中を見ながら、静雄はいつもよりゆっくりと歩く。自然と向かうのが臨也の自宅だという違和感が日に日に薄れていく事に、焦りながら。









「おいコラ。何度も言わせんな。早く寝ろよ。面倒なのは俺なんだからよ」
「だから。先に寝ていいって」
「うっせえ黙れ。手前の意見は聞いてねえよ。早く、寝ろ」
「ホント、横暴」


 どうせ異様な野生の勘で寝てたって気配とかわかるくせに。
 臨也は悪態をつきながらも点けていたパソコンをシャットダウンすると、欠伸を溢しながら階段を上がっていく。
 静雄はそれを横目で見ながら、ソファーに腰を落ち着かせ毛布を引っ張った。さて寝るか、と静雄も欠伸を溢した時、シズちゃん、と弱々しい声色で呟かれた声に顔をあげた。


「おやすみ」


 静雄に背を向けながら、手すりに寄りかかり臨也はひとことそう言った。三日目にして、初めての言葉だった。
 おやすみ、と返そうと動いた静雄の口は何の言葉も出る事はなく閉じられる。臨也も返答を待たずして、寝室の中へと消えた。

 おやすみ。

 そう返せば、この関係が崩れてしまいそうで。
 静雄は毛布を被り、横になる。これは、契約だ。これはあと四日のバイトなのだと言い聞かせ、静雄も眠りについた。


 三日で変わった関係は、あと四日で終わってしまうそんな関係なんだと、言い聞かせた。


(………おやすみ)


 明日になれば、この気持ちも変わっている。そう思い込んで、また次の日、また次の日と時間だけが過ぎていく。

 これは、契約。

 それを理由に二人は逃げ出していた。本当の気持ちから。今までの知らなかった、感情から。



 これは、 ――…だった。






(20110409)

ハマってしまったボディーガード静雄…!
SPシズイザ萌えから私はこんなんしか書けないとわかっていたよ。
わかっていたけど…本当はもっとこう……すれ違う二人的な感じが書きたかったんだけど…><。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -