その他CP | ナノ

抜け出せないトライアングルに、迷い込んだ。


パチンッと軽い音を立てて新羅は医療器具を置くと、はい、終わりだよとため息をついた。

「ため息は無いんじゃない?一応、客だよ、俺」
「たんまりお金を出してくれる事は凄く嬉しいよ、ありがとう。でも毎回毎回来られちゃ迷惑、臨也」

そりゃ悪い事をしたね。
笑顔で思っても無いことを言ってやれば新羅も笑顔で帰れと返してきた。
クスクス笑って上着を着る。
まあ用も済んだし帰るかな、

「いい加減、静雄と喧嘩するのやめればいいんじゃないかい?」
「確かに、俺の綺麗な顔に傷つけるなんて最低だよねえ。だから彼女ができないんだ」
「できて欲しいのかい?」

笑いながら頬に出来た傷を指差す。
だが新羅の口から出た一言に俺は目を見開いた。
シズちゃんに彼女?
ふふ、とよくわからない笑いが込み上げてきては口元が緩む。
新羅はそんな俺を見て、哀れむような目で言った。
そんな目で、俺を見ないでほしいな。

「決める時じゃないのかい?」
「情報屋は色々知ってるんだよ。今は、その場面じゃない。………じゃ、お金は振り込んでおくから」

ありがとう、と手を振りながら玄関へ歩を進める。
そんな時だった。
ドアノブに手をかける前にガチャリとドアは開かれ、そこには、

「シズ、ちゃ、ん」

平和島静雄が額に青筋を浮かび上がらせ立っていた。
咄嗟の事で足がすくむ。
こんな所まで追ってきたのか?
ああ、やばい、殴られるかもしれない。
ぐっ、と息を飲むとシズちゃんの足元が真っ赤になっている事に気付く。

「な、に、それ。どうした――…」
「手前には関係ねえ、邪魔なんだよさっさと退け」

うぜえんだよ、と玄関に立つ俺を力強く押し退け、早く治しやがれ新羅!と叫びながら中へと入っていった。
廊下にできたシズちゃんが通った跡、鮮血の道筋。
こてん、と玄関前に座り込んでしまう。
池袋最強の男のあんな血塗れな姿、初めて見た、気がする。
カタカタと震えるのは、どうしてだろう。

「臨也さん」

不意に名前を呼ばれて、ビクリと肩が震えてしまう。
顔を上げると、そこにはシズちゃんの弟であり人気俳優の羽島幽平、もとい平和島幽が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

俺は、知っている。

「大丈夫ですか、臨也さん」

彼が、俺に好意を抱いていることを。
だから差し出された手を借りる事無く、大丈夫だと笑って、必死に震える足に力を込める。
立て。立てよ、俺。
壁に助けられながらも立ち上がると、いつも無表情な彼の瞳が揺れた気がした。
ごめん、君の気持ちには答えられないんだ。

「あれ、どうしたの」
「、俺がカラーギャングに絡まれてるのを、兄さんが助けてくれたんです、が、」
「……良い感じにやられた訳だ」

かっこいいね、シズちゃん。
お姫様を助ける王子様みたいだ。

ねえシズちゃん。
俺は情報屋だから、何でも知ってる。
知りたくない情報だって知ってる。
シズちゃんが幽くんの事を、大好きだって事。
弟って以上に、平和島幽を愛してるって事を。
やっぱり家族には、勝てないよ。

じっと中に消えたシズちゃんの背中を思い浮かべるようにリビングの方へ視線を流していると、中からまたシズちゃんの怒声が聞こえた。

「オイ臨也ァ!まさか手前のせいじゃねえよなァ!」

…自分の中で、すーっと何かが冷えていくのがわかる。
誰かに心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。
ああ、多分、今、俺。

「何今の。傷つくなあ…ッ!」

俺じゃ無いよ。
何もしてないよ。
だって俺、シズちゃんの姿みて、真っ赤なシズちゃんを見て、びっくりしたんだ。
怖くなった。死ぬのかって、あんな程度じゃあり得ないのに、怖くなった、の、に。

「すみません、臨也さん」
「幽くんのせいじゃない」

目を伏せる幽くんを安心させるように、出来る限りの笑顔を作る。
俺の完璧な笑顔に、幽くんもつられて笑った。

きっと、幽くんが俺に好意を寄せている事をシズちゃんは気付いてるんだ。
幽くんは俺の前ではふんわりとした笑顔を見せる。
多分シズちゃんはそれも気にくわないんだろう。

俺が、幽くんを好きになっていたら変わったのかもしれない。
抜け出せていたのかもしれない。
この最悪なトライアングルから。
誰も、決して幸せになれないトライアングルから。


「じゃ、俺は帰るよ。お邪魔だろうし、俺が居るとシズちゃんの治る怪我も治らないだろうし」
「あの、臨也さん」
「………何かな」
「…………何でもありませ、ん。お騒がせ、しました」

幽くんは何か言いたそうに口を開いたが、ぐっと何かを飲み込んでいた。
そう。それで良いんだ。
誰も幸せになれないトライアングルでも、誰も抜け出そうとはしない。
皆が皆、バカなんだ。

じゃあね、と先ほど握れなかったドアノブを握って部屋を出る。
エレベーターの中、一人で俺はただぼんやりと明日の事を考えていた。

あの傷じゃ、明日には治ってるのかな。

『静雄と喧嘩するのやめればいいんじゃないかい?』
駄目だよ、新羅。
シズちゃんと殺し合いをしなきゃ、俺とシズちゃんの繋がりなんて無くなってしまうんだから。
そう。俺とシズちゃんの関係なんて、そんな単純なもの。
俺はそんな関係にずっとずっと、それこそ高校時代からすがり付いてきた。
意地になっているのかもしれない。
昔は単純に好きだという感情を持っていた筈なのに。

マンションから出ると、空はどんよりとした雲に覆われ、ポツポツと雨が降りだしていた。

最悪だ、
俺はフードを被ろうと手をかける。
駅まで走ればすぐだろう、早く帰りたい。

俺は池袋のまちを駆けた。




なんだか
いているみたいだ
(ああ、嫌な、雨だね)



(20100712)

「ひたすらにループ」さま提出作品。
片思いは大好きでしたので、楽しく書かせて頂きました。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -